彼女――は音楽を好む。いや、音楽を愛していると言った方が適切だろう。様々な楽器を慈しむように触れ、楽譜と向き合い考え込む時には、まるで誰かへの恋文を綴っているかのような情深い笑みを滲ませていた。
外見が別段秀でている訳でもない。強いて何か挙げるならば、中性的というぐらいだ。しかしそんな彼女を一目見た時、桑田の胸中を過ったのは「綺麗」という言葉だった。
彼女を美しいと思った。
桑田にとってそれは、未だかつてない経験であった。今まで外見の印象が第一であった彼にとって初めて訪れた衝撃だった。
桑田は彼女をまじまじと見つめていた。彼女はすぐにその視線に気付いた。気付いて一瞬、顔を上げた。静かな水面に似た彼女の瞳は、桑田を確かに認識した。しかし、すぐにその瞳は伏せられた。まるで桑田のことはどうでもいいかのように。
何回、何日、桑田が見つめても、のその反応は変わらなかった。
そして遂にある日――桑田は苛立ちを爆発させた。
「っ」
「……なんだい」
粗っぽく彼女を呼ぶと、いやに落ち着いた声音が返ってくる。年に不相応な大人びたのその感じが、桑田は気に入らない。
沈黙しながらも、あからさまに不貞腐れた桑田。そんな同級生の表情からは理解した。
「理由は知らないが、君が私に腹を立てているようだね」
「何で嫌味ったらしいまでに冷静なんだよチクショー!」
「そう言われても……困る」
本当に困っているのか判らないほどにの表情は乏しい。しかし僅かに眉尻が下がったような気はする。
「君は何時も理由を言う判りやすい人間なのに、今、私に対しては、理由を教えてくれずに苛立っているんだもの」
「嫌味、冷静、無愛想!」
「……それはとうに君も知っていることじゃないか。どうして今更腹を立てるんだ」
怒るでもなく、傷付くわけでもなく。淡々とは言葉を溢す。それがますます桑田の怒りに拍車をかけているとは知らずに。
正直なところ、桑田にも理由が上手く出てこない怒りであった。
可愛くもない胸もない着飾るふうもない、そんな女らしさの欠片もないに、自分はどうしてこんなに目を奪われているのだろう。綺麗だとか思っているのだろう。声を掛けられずにただ見つめたりなんかして、反応が貰えないからと怒りだしたりしたのだろう。
――何で、こんな奴に反応してほしいとか思っちまったんだ。
理由が上手く出てこないのは、その理由が桑田にとって認めたくないものだからであった。
図ったかのように二人きりの教室に、静寂が満ちていく。
未だ沈黙する桑田に、も黙したまま。は桑田の言葉を待っているらしかった。
そんなに対して、遂に桑田は音を上げる。俯きながらも、少しずつ口を開いていった。
「……オレばっかしお前なんかを気にしてんのが嫌だったからだよ」
必死に絞り出した言葉。桑田は顔が熱くなっていくのが判った。脳味噌が沸騰してぐるぐる回っているんじゃないかと言うぐらい、何も考えられなくて変な息苦しさを感じた。
は何も言わない。
桑田は沈黙に耐えきれず、顔を上げた。
「お前も何か言え……っ!?」
彼はそう叫びかけて、しかし、止まった。
は桑田を見つめていた。
何時もの血色悪い頬を、桃色に染めながら。
目を丸めて固まった桑田に、は、はにかみながら話し始めた。
「すまない……。私は反応を返さなかったわけじゃなくて、どう返したら良いか判らなかったんだ」
「そ、そっか」
「見ての通り、私はコミュニケーション能力がないに等しいし、だから、困っていたんだ」
いつになく感情に満ちたの姿に、桑田は呆気に取られていた。
話から察するに、自分が嫌われたりしている訳ではないらしい。小さく安堵する。
は拙いながらも懸命に続けた。
「君が見たことないくらいキラキラした目をして私の方を見ていたから、恥ずかしくて、頭が真っ白になってたんだよ」
懸命過ぎるの言葉が、桑田をまた赤くさせた。
「や、何言ってんの!? オレがまるでを好きだみてーにそんな!」
「私は桑田が好きだよ」
「はぁぁあっ!?」
思わぬ返しに堪らず桑田は叫んだ。赤面と混乱に拍車を掛け、半分何が何だか判らなくなっている桑田の思考回路は、に負けず劣らずの発言を放った。
「好きとかそう言うのはッ! 男にッ! オレにッ! 先に言わせろよッ!!」
これではもう、告白したも同然である。
――いやを見て「綺麗だ」と思った瞬間から、桑田は、自身の中に生まれた感情の答えに気付いていた。その感情の為に変に彼女を気にして、彼女に怒って、彼女に言ってしまった。
「く、桑田は、私が好きなのか」
「だから見ちまうんだろが! 反応欲しいんだろが! 好きだよ!」
――オレらしくねー青臭い恋愛してる!
胸中で叫びながらも、桑田は、存外こういうのも悪くはないと思っていた。
新鮮であった。
桑田の大音量のラブコールに、はもじもじしながら「嬉しいな」と呟いている。
小さな小さなその声も、桑田は、しっかりと聞いていた。にやけを堪えながら、彼は彼女に宣言する。
「オレこれからお前のこと、って呼ぶからな!」
「わ、判った。じゃあ私も……その……」
ふやけた笑顔で、は続けた。
「君のこと、怜恩って呼んでいいかな」
声にならない声を上げ、喜びやいとおしさが一周して震えながらも、桑田はぶんぶんと風を切る勢いで頷いて答えた。
(Title by ジャベリン)
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