『かあ、さま』
幾ら呼んだって、届かない。
『かあさま、かあさま』
あの人の声じゃなきゃ、きっと届かない。
母様が愛した、最初で最後の人間。
だから、
『カイム様、母様を、呼んであげて』
もう僕の声じゃ届かない。
なら、貴方の声を。
どうか、どうか、苦しむ母様へ届けて。
母様を、助けて。
『お願い、おねがい』
僕の居場所が無くてもいい。
ひとりでもいい。
だから、母様だけは。
苦しまないで欲しいのです――。
『――』
空を見上げて、この世界の何処かにいる貴方たちに祈るのが僕の日課。
レグナ様が起きたらしく、小さな声で名前を呼ばれた。
『起こしてしまいましたか』
『何時にも増して苦しそうな声だったからな、何事かと思ったぞ』
『すみません……』
ノウェたちはまだ眠っている。
思念で話し続けた方が良さそうだ。
『何故かは判らないのですが、ノウェたちと行動を共にするようになってから、時折母様たちの声が聞こえるような気がして……焦ってしまうのです』
はやく、助けてほしいと。
母様が、カイム様がまたふたり揃う日が来ますようにと。
『正直、鍵なんてどうでも良いのです。ただ、ノウェたちについて行けば、ふたりに会える気がするから』
あの時のように、幸せなふたりに出会えるならば、こんな世界はどうなっても構わない。
『……やはり、お前の言う“母様”とは赤き竜か。だとしたら、カイムとは……』
『ノウェたちには内緒ですよ。ややこしくなりそうですから』
人間には、あまり知られない方が楽だから。
それをレグナ様は判っている。
僕等はなんて卑怯なんだろう。
『……む。小僧が起きたな』
レグナ様の呟きに、僕等は話を打ち切った。
「……?」
「ノウェ様、おはようございます」
起きたばかりで寝ぼけ眼の彼に、僕はいつもと変わらぬ挨拶をする。いつもと変わらぬ微笑みで彼は「おはよう」と返してくれる。
何時からでしょう、その微笑みを見る度に僕の胸が痛むようになったのは。
「もしかして、レグナと何か話してたのか? 邪魔してしまったかな」
「いえ、大丈夫ですよ。……ね、レグナ様」
『ああ、気にすることではない』
何故か、ノウェを見ていると懐かしさを感じた。
彼が強く育つ度に懐かしさと同時に、悲しみを感じた。
もしかしたら、彼は……。
考え掛けて僕は止めた。今は知りたくない。知らない方が良い。
(知ってしまえば、僕は戻れない気がするのです)
だから僕は、今日も静かに貴方たちについていく。
自然な流れで、少しずつ知って行くふりをする。
「さあ、朝御飯の準備をしましょうか」
「そうだな」
それがどんなに罪深いことなのか、竜であるからこそ知っているけれど。
僕は素知らぬ顔で笑い続けた。
(Title by 淑女にメスを、)
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