「ねむい……」

 ふらふらと危うい足取りの。小さな呟きのとおり相当眠いらしく、何度も瞼を閉じては開いてを繰り返す。

「大丈夫か?」
「はい……」

 ユーリックの声に、は俯いたまま頷いた。少し目を離したら倒れそうで、かなり危なっかしい。さっき転び掛けて、マナに引っ張られたばかりだ。

「今日はこのあたりで野宿にしようか」

 見兼ねたノウェの提案に、は「すみません」と小さな声で謝ったのだった。
 ――眠いというよりも先に、ノウェとマナが夢の世界へ沈んでいた。
 当のはというと、しかめっ面で膝を抱え、ぱちぱちと音を立てて燃える薪を眺めている。時々ノウェたちを一瞥しては薪に視線を戻し、溜め息を吐く。
 そんな様子を目の当たりにしたユーリックは、放っておくのも気が引けて、お節介だろうとは思いながらも話しかけた。

「眠れないのか?」
「……眠いのに、変ですよね」

 何時もの素っ気無い返事とは違う、弱々しさを感じた。

「眠たいのに……目蓋を閉じると、見たくないものが見えるのが怖いんです」

 寝不足で青白くなった顔は見ている方も辛い。
 ユーリックはの隣に腰を下ろした。は何も言わず、俯いたままだった。

「夢、か?」
「思い出したくないことばかり、思い出すんです」
「……そうか」

 判る気がした。
 静かな夜は、余計なことを思いださせる。闇は、封じたはずの記憶を掘り起こして嗤うのだ。
 は、口を閉ざしたユーリックを見て、ためらいながらも口を開いた。

「……あの、僕のことは気にせずにお休み下さい」
「俺も眠れなくてね。良かったら話し相手をさせてくれないか」

 思わぬ返答には目を丸める。困ったように忙しなく視線を動かし、改めてユーリックを見た。
 ユーリックが笑い返すと、うっすら頬を染めて小さく頷いてみせる。まるで年端もゆかぬ子供の人見知りのような仕草が、可愛らしいなと思った。

「あの、変なことかもしれないのですが、お尋ねしても良いでしょうか」
「ああ、どうぞ」

 躊躇いながらも、は口を開いた。

「ユーリック様には、月の泣く声が聞こえますか?」

 不思議な質問に、ユーリックは目を丸めた。はまっすぐユーリックを見つめ、返答を待っている。
 ユーリックは少し考えた後、素直に首を横に振った。

「……ですよね」
には聞こえるのか?」
「……小さい頃は、度々」

 は俯いた。
 懐かしい記憶。大好きな“母様”に寄り添って眠るのが何より幸せで。
 月の泣き声が聞こえる、と母様に話しては困らせた。

「暫く聞こえなかったのに最近、また聞こえるようになって」
「それもあって眠れないのかもな。今も聞こえるか?」
「まだ……。いつも僕が泣き声を聞くのは、眠ろうと瞼を閉じた頃からなので……」

 ユーリックは少し思案すると、ぽんぽんとの頭を撫でた。

「とりあえず、寝てみたらどうだ? もしかしたら俺にも泣き声が聞こえるかもしれない」
「……でも」
「駄目だったら、また俺と話をしよう」

 さあ、とユーリックに促されて、は横になった。そして、ゆっくり瞳を閉じる。
 まだ頭を撫でられていることに、恥ずかしさと同時に安堵が込み上げて来て、は内心戸惑った。

「泣き声は聞こえるか?」
「……いいえ」
「じゃあ、この隙に眠ってしまえば大丈夫だな」
「はい……」

 は頷いて、しかし暫くして顔を両手で覆った。

?」
「駄目です、やっぱり駄目」

 はユーリックの手から逃げるように身体を丸め、小さく呟く。
 震える声が痛々しくて、ユーリックは戸惑った。

、大丈夫か?」

 そっとの手を掴む。そうして見えた彼の顔は青白く、涙が頬を伝っている。も……ドラゴンも泣くことがあるのだと初めて知った。

(綺麗だなんて言ったら、不謹慎だよな)

 思わずじっと見つめていると、放して、と掠れた声で訴えられた。
 ユーリックは返事もせず、の手を掴んだまま口を開く。

「月じゃなく、いつも自分が泣いて眠れないんじゃないのか?」

 そして、それに気付かれているかどうかを探ろうとしてあんな質問をしたのではないか。
 ユーリックの問い掛けには黙ったままだ。涙はとめどなく溢れている。拒むように首を振って、何度も手を放そうとした。
 その行動に少しだけ苛立って、ユーリックは強くの手を引いた。
 無理矢理体を起こされ、の腕には強い痛みが走る。

「いた、い……っ」

 しまった。ユーリックは後悔した。
 が、怯えている。

「……すまない、悪かった」

 手を放してやると、は泣きながら首を振った。そして何故かユーリックの手を掴み、ごめんなさい、と掠れた声で謝って来た。

「謝らなきゃいけないのは俺のほうだろ?」
「違、う……。僕が、変だから……」

 まだが何か言おうとしていたが、ユーリックは知らないふりをしてを引き寄せる。
 は混乱した。訳が判らず、ユーリックの腕の中でもがく。

「……服、汚してしまう……」
「気にしなくて良い」
「そんな……でも……」
「良いんだ」

 静かな声に、はゆるゆると頷いた。もがくことはもうなかった。少し遠慮がちにユーリックに凭れ、瞳を閉じる。そして、声もなく泣き続けた。
 ユーリックは何も言わない。が泣き疲れて眠るまで、その背中を擦っていた――。


 翌日、は誰よりも早く目を覚ました。
 すぐ傍にはユーリックが眠っていて、しかも自分は抱き締められている。
 何事かと叫びそうになりながら昨晩のことを思いだし、やはり叫びそうになった。
 しかし、あんなに泣いたのに不思議と眠気は無く、頭もすっきりしている。

(そういえば、昔も母様に寄り添って眠ったら大丈夫だったっけ……)

 まさか僕は、寂しかったのだろうか。自分の未熟ぶりが情けなく、顔が赤くなった。
 とりあえず、ノウェとマナが起きる前にこの状況を何とかしなければ。
 そう考えたがユーリックの腕から抜け出そうとした時。

「――おはよう」

 ユーリックが目を覚ました。
 は叫び掛けて口を押さえた。無性に恥ずかしくて体が熱い。そんなの様子を見て、ユーリックは面白そうに笑っている。

のこんな顔、初めて見るな」

 が離れようにもユーリックの腕ががっちり捕らえて離さない。かといって騒ぎ過ぎると、ノウェたちが起きてしまう。

「あの、ユーリック様?」
「ノウェたちなら判ってくれるさ。もう少し眠ろうぜ」
「いや、もう大丈夫なので僕は……!」
「おやすみ」

 焦るの額にキスをして、眠りの挨拶を告げるとユーリックはまた瞳を閉じた。
 は真っ白になった頭と真っ赤な顔で、出来る限りノウェたちが遅くに起きますようにと祈り続けたのだった。


(Title by xx)
そして全ての様子は、レグナには筒抜けであることにふたりは気付いていないのでした
(キスと抱擁をあなたに)


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