、と口を動かしても、声にならなかった。
そんなことはとっくの昔に判っていたのに、変なことをしてしまったなとカイムは嗤った。
視線の先には、空を仰ぐ白銀の竜。がああして本来の姿でいることは稀である。関わりの深かった仲間の竜たちを人間に狩られてから、殆ど竜の姿は隠して生きて来たのだと言う。
(弱いからだ)
に力が無い訳ではない。力を使う覚悟がなく、されるがままになったことが弱さだ。そしてそのままは逃げた。逃げて今日まで生きて来た。
(なのに、何故)
考えようとしてカイムは止めた。に歩み寄って、そっとその体に触れる。
「……カイム様」
カイムに気付いたが、視線を合わせるように首を下げた。の鼻筋をそっと撫でてやる。かつて、あの竜にしてやったように。
「……僕は、小さいですよね?」
ああ、小さいな。
そうカイムが頷くと、はまた空を仰いだ。
「……こんな小さいままじゃ、母様に僕を見つけてもらえない」
呟きの後、一瞬で彼はまた人間の姿を取っていた。先と変わらず、空を仰いだまま。今にも泣き出しそうなほど、瞳は大きく揺らいでいた。
「……あなたは、真っ直ぐですね」
懸命に涙を堪え、カイムを見つめる。カイムにはそれが微笑ましく思えた。ドラゴンといえど、はだいぶ幼い方らしい。
「……また、僕が、弱いから、……僕が、いけない……」
真っ白な顔を歪めて、俯く。カイムは彼に歩み寄ると、そっと頭を撫でた。
自分よりずっと長い時を生きて来たであろうが、何時まで経ってもカイムには子供にしか見えなかった。
あまりにも人間らしくて、あどけなくて、弱い。
「カイム様……」
カイムが何を思い、自分の傍にいてくれるのか。今のには関係無い。弱った心を支えてくれる誰かが必要なだけだった。
それを理解した上でカイムの手はに触れる。
(好きなだけ縋れば良い)
耐え切れずに泣き出したを抱き締めた。戸惑い、逃れようと彼がもがくのを押さえ込んで、カイムはが大人しくなるのを待った。
「……っ、カイム、さま」
諦めたように縋りついてきた細いの背中を擦ってやる。
カイムも、も、同じ存在を求めていた。
――気高くも優しい赤。
既に届かないと知りながら。
契約者であるカイムには、時折“声”が聞こえた。にはそれが羨ましくて妬ましくて堪らなかった。
(アンヘルは、お前の名も呼んでくれているのにな)
殺意にも似た鋭い光を宿すの瞳を見ても、カイムにはそれが滑稽で、笑いばかりが零れた。
は、「母様」を奪ったカイムを殺したくて堪らない。けれども殺さないのは……殺せないのは「母様」のため……。
(そうだ、。お前は、俺に縋るしかないんだよ)
悩み辛みを抱えたの姿は、ますます美しさを増したように見える。
(今のお前を理解し、守れるのは俺しかいないんだから)
そしてそれは、今のカイムにとって義務とも言えた。
に縋られることで、カイム自身も救われるところがあった。保護欲というにはあまりにも歪み切った感情。しかし、心地良かった。埋まらない溝を、の病んだ心が埋めてくれる気がした。
今更足掻いても、埋まりはしないと判っているのに。
「カイム様は……僕のそばに、いてくれますよね……?」
カイムは頷いた。縋るの手に力が籠る。服どころか肉ごと千切っていかれそうだ。
「一緒にまた……母様と過ごすんです。母様とあなたと僕。今度こそ静かに生きるんです」
またカイムは頷く。の涙は何時しか止まり、笑顔に変わっていた。瞳から光はごっそり抜け落ちていたが、それでもカイムには綺麗に思えた。
「抜け駆けは、無しです」
食い込んで来るの爪が生む痛みさえ、気にならない。
(それはこっちの台詞だ)
お返しと言わんばかりに、カイムはをきつくきつく抱き締めた。ぎしりと、の骨が軋むような音は、聞こえないふりをして。
何時かまた、三人で。
その誓いが、何時かこの世界を壊すことになろうとも関係無い。
来たるべきその日まで、ふたりは傷を舐め合って生きて行く。
Title by 貴方の唇に届かない
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