横たわっているのは、窪んだ瞳の仲間たち。
 ちがう、ちがう。
 あれは窪みじゃない。
 ――抉ったんだ。
 あいつらが。

『コロ、す』

 僕よりもずっと小さな子も、深い知識を蓄えた老竜も、みんな、殺されてしまった。
 あいつらが、人間が。

『ころシテ、ヤル!』

 怒りを越えた熱い感情が胸を圧迫した。脳髄が沸騰するようだった。
 怒号と共に、ありったけの冷気を吐き出す。
 全て、すべてが凍る。
 仲間の亡骸も、仲間を殺めた人間も、すべて。
 今よりずっと若かった僕には、それからの記憶が無い。

 気付いた頃には、人の姿を借りて生きていた。
 愚かな人間たちを飾るための道具にされた仲間たちの瞳を“回収”しながら、僕は生きていた。

『アァァアアアァ!』

 仲間を失い、喉が焼けるほどの慟哭を上げたあの時、憐れむように曇天は滴を零した。
 今日の空も、暗い。

(さみしい)

 寒くて、死んでしまいたかった。

(さみしい)

 精魂尽き果てて、何時かのような雨の下、僕は静かに倒れた。人の姿を保つ事さえ出来なかった。
 このまま、死んでしまうんだろうか。死ぬにしても、人間に見つかるのは御免だ。
 魔物でも何でも良い。僕を食い殺してくれ――。

『――小僧、どうした』

 そんな僕に届いたのは、竜の声。
 顔だけを上げてみると、大きな竜が僕を見つめていた。
 この雨の中でも、目に鮮やかな、赤いあかい竜。

『……はは』

 嬉しくて、笑いが漏れた。
 掠れる声を絞り出して、僕は頼んだ。

『――ぼくを、ころして』

 首を上げる力さえ尽きた。
 僕はゆっくり目を閉じる。
 竜の動く気配を肌で感じていた。ああ、僕の戯言、聞いてくれたんだ。ありがとう……。
 ――?
 顔に何かが触れた。
 ゆっくり、目を開ける。

『え?』

 赤い竜が、僕に顔を寄せていた。慈しむような、労るような、優しい感覚をじんわりと感じる。

『……どうして』
『気高い竜の魂を、容易く手放してはならぬ』

 赤い竜は言った。

『その魂の重みも判らぬようでは、愚かな人間たちと何も変わらぬぞ』

 心臓が跳ねた。
 あいつらとおなじ?
 かわらない?

『そんなの……いやだ』

 急に、四肢に力が蘇る。人間への恨みが、辛みが、いつの間にか僕の糧になっていた。
 皮肉なものだ。
 赤い竜は、立ち上がった僕を見て満足そうに瞳を細めた。
 僕は、少し緊張しながらも口を開く。

『あの……あなたの名前は? どうして僕を助けてくれたのですか?』
『名乗る時は自分から名乗るべきであろう? そして我はお前を助けたつもりではない。お前は自ら立ち上がったのだ』

 名前に関しては確かに言うとおりだった。

『僕は、です。……あなたにそのつもりが無くても、僕があなたに救われたのは事実です』
『そうか』

 素っ気無い答えの中に、僕は確かな温情を感じていた。
 先に触れてくれたこと、言葉をくれたこと、そして僕に答えてくれたこと…。
 久しく忘れていた深い感情が溢れていく。

『――我が名はアンヘル』
『アン、ヘル……』

 僕は、アンヘル様を見つめた。

『あの、アンヘル様』
『何だ』
『母様とお呼びしても構いませんか』

 無意識のうちに、僕はそんな事を口走っていた。
 ハッとして、慌てて顔を下げる。

(馬鹿みたいなことを、言ってしまった)

 自分でも理解に苦しむ発言だったから。
 しかし、身構える僕に、アンヘル様は思わぬ返答をした。

『好きにするが良い』

 僕は呆然とアンヘル様を見上げた。
 アンヘル様はくるりと向き直ると、羽ばたき、空へ行く。



 アンヘル様が僕を見下ろした。僕も慌てて、疲労した体に鞭を打って空へ上がった。
 それを確認してから、アンヘル様は飛び始めた。

『ま、待って――母様!』

 緩やかなスピードで進むあなたの後ろを、僕は慌てて追い掛ける。
 ――その時から、僕のすべては『母様』だけになった――。

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