「ユーリックさん、本当に大丈夫なんですか?」

 の心配そうな声音に、俺は笑って返した。

「平気だろ、現にこうして大丈夫なんだから」
「でもバレてもおかしくないでしょう?」
「そのためのフードだろ?」

 は溜息をつくと、視線を前方に戻した。これ以上問答を続けるのは無駄だと判断したんだろう。
 封印騎士団に顔の割れていないばかりに、人間の俺たちが必要とする食料の調達を任せるのはどうなんだろうか――。
 不意にノウェが零した言葉が原因で、俺はに付き添って町まで来ていた。
 は「ひとりで平気だ」って言ってたんだがな。

「ユーリックさんがいると、要らないものまで買いそうな気がする」
「おいおい、俺は子供かよ」
「まあ、僕からしてみればそんなものです」

 少し悪戯めいた声音だ。何だかんだで、二人の買い物を楽しんでくれているんだと思う。口許には珍しく笑みが浮かんでいた。
 つられて俺も笑う。
 は――この竜は、情を知り過ぎていた。
 俺たちといる時、話す時、不意に表情が陰るのは、それが理由だろう。
 彼は、同族を人間に殺されたそうだ。ある日淡々と告げられたその事実に、「そうか」としか返せなかった。
 俺は、その時の後悔を塗り潰すために、必死だった。
 だから、些細なことでも、が嬉しそうにしているのを見たら、救われる気がした。

(何の関係も無いはずの俺が、何を一生懸命になってるんだ)

 唐突に押しつけられた紙袋。反射的に受け取る俺。
 いつの間にか買い物をしたらしいが、俺を見て黙っている。
 ――荷物持ちをしろってことか。
 俺は頷き、袋を抱え直した。

「何だかこういうのも良いな」
「え?」
「まるで夫婦みたいな……」
「寝言は寝てから言って下さい」

 冷たく返され、内心へこむ。は早足で俺の前を歩く。
 不意に立ち止まり、買った物を俺に渡し、また歩く。それを何回か繰り返した……。
 は指折りぶつぶつと呟いて、足りない物はないかと確認しているようだ。
 本当に竜なのか、は……。
 レグナがを怒るのも無理はないくらいに人間くさい。
 ――だが、それが良い。
 つい頬が緩む。

「よし、戻りましょうか」
「あ? ああ、そうだな」

 振り返ったに慌てて頷き返す。は少し不思議そうに首を傾げたが、何も言わなかった。
 町の出口を目指して歩き始める。いつもより人通りが多い。

「荷物重くありません?」
「このぐらい平気さ」
「なら良いです」

 がまた正面を向いた、その時。ひとりの男がにぶつかった。

「あ、すみません」

 男はそう言って足早に過ぎようとした。しかし……は鋭い目で男を捉えていた。くるりと踵を返すなり、するすると人込みを掻き分け、遠ざかろうとした男の手を掴む。

「えっ」
「――返しなさい」

 俺が追い付いた時には、は男を睨みつけ、低い声で迫っていた。
 男が言葉もなく目を丸めていると、はますます目を細めていく。
 少しだけ、冷気が駆け抜けた。

「死にたくなかったらさっさと返しなさい。……こちらとしては、死体になった貴方から奪い返しても構わないんですよ?」

 町中で随分と物騒なことを、キレイな顔で淡々と言ってのけた。
 男は真っ青になって何かを取り出し、に渡した。が手を放すな否や、素早く走りさってしまう。
 ……の手には、俺たちの生活資金の入った財布。
 あの男はスリだったのか。

「相手が悪かったな…」
「今頃驚いてるでしょうね。僕が掴んだ腕、凍傷になってると思いますよ」
「そこまでするか……?」
「手加減したほうです」

 はフンと不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「最初は骨まで凍らせて、腕を落としてやろうかと思いましたから」

 ――ああ、も紛れもないドラゴンだ。容赦が、ない。
 薄ら寒さを覚えつつ、曖昧に頷き返して、俺はと並んで歩き出す。
 町を出て、しばらく歩く。だいぶ日は傾いていた。そろそろ魔物がうろつき始めてもおかしくない。
 不意にが立ち止まった。
 ふわりと風がを包んで、反射的に俺は目を閉じる。
 ――そっと瞼を上げた先にあったのは、白銀の竜の姿だった。

『ユーリックさん』

 が本来の竜の姿をとっているのを見たのは、初めてだ。
 呆然とする俺に、は語りかける。

『乗って下さい。一気に戻りましょう』
「い、良いのか?」
『魔物の相手をするにも、武器を持ってきてないでしょう?』

 の姿は、薄暗い空の下でも美しかった。促されるままにに乗り、掴まる。
 ゆっくりと羽ばたき、は空へと舞った。

「うはっ、凄いな」
『レグナ様ほどではないですけど』
「そんなことないだろ」

 の首をぽんと撫でながら、俺は返す。

みたいに綺麗なドラゴンは、世界中探したって2匹といないだろうさ」
『なっ……』

 は口を噤んだ。恥ずかしがっているのが丸分かりだった。

(こういう想いが出来るなら、もっと前から付き添ってれば良かったな……)

 銀の鱗を撫でながら、星が瞬き始める空を仰ぐ。
 他愛ない、のどかな時間。
 ささやかなひとときを噛み締めるように、俺は風に身を任せた。


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