柔らかな日差しが、大地に積もった雪を照らす。眩しそうにカイムは目を細めた。
隣に立つの顔は、真っ直ぐに先を見つめたまま揺らぐことは無い。
カイムの視線に気付いたのか、はカイムを見た。宝玉の瞳でカイムを捉え、ゆっくり瞬きすると首を傾げてみせる。
「どうかしましたか?」
カイムが首を振ると、はまた視線を前へと戻した。
柔らかな雪を踏みしめ、歩く。
の足取りはゆったりとしていたが、何か違和感があった。
カイムはすぐに違和感の正体に気付いた。
雪を踏む音が、しない。
の歩みは、雪を踏むというより、雪を奪っているように思えた。が歩めば、字の如く雪は消えていく。
二人で並んで歩いているはずなのに、足音はひとつ。
何だか、心地が悪かった。
「カイム様?」
に呼ばれ、カイムは我に返った。
「怖い顔が、ますます怖くなっています。どうしたのですか?」
不思議そうに瞬き、はカイムを見た。
幼い眼差しを見つめ返しながら、その白い頬に、カイムは手を伸ばす。
柔らかな皮膚から、かすかにぬくもりが伝わってくる。少しでも吹雪こうものなら、このぬくもりは攫われてしまいそうだ。
は抵抗することもなく、カイムを見つめている。
「カイム様、貴方の手が冷えてしまいますよ」
は、うっすら笑みを浮かべた。
「僕は、冷たいですから」
カイムが首を振る。はますます笑みを深くした。
は、頬に触れるカイムの手に、自分の手を重ねた。優しく冷たいそれに、カイムは少しだけ目を見開く。
日差しが、少し弱くなった。
「僕は、氷を吐くんですよ。冷たいに決まっているじゃありませんか」
それでもカイムは首を振った。
の笑みが崩れる。一変して泣き出しそうなほどに潤んだ瞳は、幼子のようであった。
は、一度カイムの手をぎっと握った後、乱暴に払い落とした。
この雪よりも冷たい眼差しが、カイムの向こうの雪原を捉える。
「……先の方から、ニオイがします」
敵がいるようだ。
は瞬きのうちに竜へと姿を戻すと、一気に空へ飛び上がった。
はるか上空を飛んでいた赤竜に添うように翼を広げ、カイムに語り掛ける。
『先に行って数を減らしてきます。母様とカイム様は後から来て下さい』
『ふ、勇ましいなよ』
『このあたりでは、僕の体は目立ちません。奇襲にはもってこいでしょう』
からかうような赤竜の声にも淡々と返し、は風を切るように進んでいった。
カイムも剣を手に、雪原を進んでいく。
ドラゴンの力は確かに圧倒的だが、相手が飛び道具を持っているなら話は別だ。
なるべく早めに合流して弓兵たちを片付ける必要がある。
向こうで地吹雪が舞い上がった。断末魔の叫びが聞こえる。が暴れているようだ。
……が少し大人しくなるまで、近寄れないかもしれない。
そう思いながらもスピードを落とさずに駆ける。
不意に氷の塊が吹っ飛んできた。慌てて身を捻って避けると、ちょうど足元にそれは落ちた。
氷の中には、人間の腕が閉じこめられていた。の息で凍らされた兵士のものだろう。
『あやつめ躍起になっておるわ』
赤竜が可笑しそうに笑う。
『あれはな、カイム。お前を守るために必死なのだ。我と契約したお前を守るためにな』
は、凍らせた兵士の群れを尻尾で薙ぎながら、無言で戦っている。
竜に言われずともカイムには判っていた。
が人間であるカイムを殺さないのは、大事な“母”を守るため。
大事な“母”と契約してしまった嫌いなきらいな人間を守らなければ、“母”は死んでしまうから。
カイムが顔をしかめるのを、赤竜はまた笑った。あちらも、カイムが充分に理解していることを知りながら、わざと喋っているらしい。
『さて、我らも行くか』
既に半狂乱となっている敵兵に、更なる絶望を与えるために。
ふたりは、突進していった。
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