竜の姿でいることは嫌いじゃない。僕の本来であったし、格下の命を凍らせて踏み荒らすという下品な暇潰しも、今では「旅の同行者を守るため」という大義名分がついた。
人が人の命を蹴散らしていくみたいに、僕は僕なりの人間ごっこを考えて遊んでいた。 かつての母様や、今そばにいる蒼竜だって、歪んだ僕の気持ちを知っていて何も言わない。
僕の命も大して格があるわけじゃなくて、愚かしさの塊になっていっていて、でもそれを止めて貰おうなんてちっとも僕は考えていなくってね、いやだってさ、綺麗なものにはどう足掻いたってなれはしないからさ、だったら汚くきたなく醜くみにくくなることに磨きをかけて、そうして、醜悪なるこの様を焼き付けて、膿む爪痕を残してやるしかないじゃあないか、ぐちぐちに膿んで、ようやく塞がったあとも肉の内からぐちぐちと痕をいびるように蠢くようにさ、とにかくそれしかもう僕には方法がないんだよ……。
何の不安も絶望も知らないで眠る、憎しみの女神の名残を残す彼が羨ましい。君は、君の命はどんなに特別か、どんなに悲しくて美しいかを、全く知らずに、ただ輝くことだけは生まれながらに知っていて、羨ましい。本当にだよ。君の両親は僕の好みではなかったが、君はましだ、でもね、ああだめだ、これ以上見ていたら、その光を食らってしまいたくなる。
この世界をこの世界たらしめた、愚かしくもいとおしい彼女はどうだ。彼女が望んだものでは無かったにしろ、彼女だってそれなりに沢山のものを得たはず。あの人の片目と引き換えに君は君の罪を忘却へ追いやったね。今君は聖女とさえ呼ばれている。けれど君は自ら、追いやったはずの罪を手繰り寄せ始めている。可愛いね、滑稽だねえ。罪を思い出したとき、君はどんな壊れかたをするのだろう。以前と同じじゃつまらない。期待してるよ。
死を恐れたはずなのに、今でも恐れているはずなのに、それを欲して止まぬ貴方は、そうだな、僕のなかでは一番苦手な人種だ。どうしてもね、貴方の僕に対する態度が如何せん、許容しきれぬものだったから。欲しい、欲しいと僕は確かに訴えたけど、素直に与えたらいけないじゃあないか。焦らしてくれなくちゃ。限界まで僕を焦らして、そうして、ようやく与えようとして、先に痺れを切らした僕に丸飲みされるくらいじゃなくちゃあ。後腐れなくさ、僕がきったないもので在るために、貴方は優しさを僕に与えるべきではなかったんだよ。
ここまで語れば判るかい。別に判らなくてもいいんだ、そう、全部みにくい竜の独りよがりだったからさ。ただ少しでも判ってくれたなら、これから君たちに殺される僕のなかの、君たちと一緒にいた僅かな良心であった頃の僕が、喜んでくれるかなあって。君たちに殺されるならば本望だなんて、お決まりな言葉を吐くんじゃないかなあ。
竜の殺し方は知っているかな。僕はあの赤や青よりずっと弱くて小さい。それでも君たちにとっては驚異的な力を持つだろう。まずは羽根を破きなさい。僕は氷の化身だから火にも弱い。あらん限りの焔で僕のからだを焼きなさい。僕の尾が矛のように鋭いのは先端だけです。魔物の腕を落とす要領で、案外容易く切り落とせるでしょう。ただ矛先には触れないように。身を切るほど冷たいから。尾と羽根を無くせば僕は蛞蝓のように地を這うだけです。手足の鉤爪が恐ろしいかい。恐れなくていいのに。向かってくる爪は、ありったけの力を込めた武器をぶつけてやりなさい。呆気なく砕けるでしょう。とどめを刺すなら必ずこの目を抉りなさい。かつて人間が“至上の宝玉”として求めたこの目を。神経や血や肉を除いて綺麗にしてあげたら、好きに使いなさい。僕らの瞳は宝玉であると同時に強大な力を蓄えている。君たちの助けになるだろう。ああ、でも、首を落としたからって安心してはいけないよ。首だけでも暫くは動ける。君たちを噛み砕かぬよう、この牙と顎を砕くことを忘れてはいけない。四肢の骨もだ。
――上手くやれたようだね。だけどどうしたことだい。君たちが泣くなんて。忘れてしまったのかい。僕の生きる意味。君たち人間への憎悪。かあさまたちの救済。僕は僕の命の意味を証明するためにこうしたんだ。君たちはよく手伝ってくれた。ああそうか……僕の姿がおぞましいんだね。焼けた肉が臭いんだね。まあ仕方ない、今しばらく我慢してくれないか。僕の命が本当に潰えたら、この骸は氷の粒になって消えていくから。遠い昔に僕が僕自身に掛けた呪いなんだ。その瞳以外はもう、僕らしいものがこの世界に残ることはない。
さあ、行きなさい。
この世界を解放してくれるんでしょう? 醜い僕のようなものがない世界を手にしに行くんでしょう? 虚しい君たちの願いが程よく叶い、再度絶望を叩き込まれることを祈っているよ。
僕の願いは叶った。みにくいつめあとをのこすこと。出来る限りの最悪の終わりを見つけること。君たちのお陰だよ。
泣くことはない。叫ぶこともない。無駄な力を使うこともない。
ああそうだ、勘違いのないようにこれだけは言っておかなくちゃあね。
こんなことになってから言うのもなんだけれどね――?
僕は今でも、確かに君たちを好いているんだよ。
心の、底から。
(Title by またね)
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