※どちらかというとDODというよりDOD1.3の設定
※殺伐としています
美を突き詰めた先にあるのは恐怖なのだと知った。
小さな脳髄では許容しきれないその美しさは、もはや人間の理解を、想像を超え、異質なものとして遮断する。
だから、今、自分の隣の兵士は怯え、身を竦ませたのだろう。
眼前にある異質な美。そのいきもの。形は人のそれに似ていたが、纏う冷気は明らかに人外のそれだ。
カイムはゆっくりと剣を握り締める。邪魔だ、と兵に言い捨て追い払う。巻き込まない為の配慮などではなく、本当に邪魔だからそう言ったのだ。ああ王子、と感激と恐怖が綯い交ぜになった濁り声はすぐに遠退いていった。
目の前にいるのは、人間でいうところの女にあたる形だった。
「まだ何もしてなかったのだけれど」
女の手元で、ちり、と硝子が擦れるような音がする。彼女が弄んでいるのは氷の欠片。彼女自身が持つ冷気が型をなしたもの。粉微塵に氷が砕けると、女はカイムを見据えた。
「黒い竜を追う王子がいると聞いて来てみただけですのに、人間はやっぱり野蛮。そして愚かで無謀です。そんな金属の塊で私が殺せると思うのですか?」
皮肉るつもりは無いらしい。心の底から彼女はそう思っていて、そのまま言葉にしているようだ。
カイムは答えることなく、剣を水平に構える。切っ先が狙うは、女の心臓。
たんっと軽く地を蹴った次の瞬間には、カイムの剣は容易く女の胸を貫いていた。にたりと笑う王子の頬へ赤く熱い血がぴっと跳ねて引っ付く。だが、
「ああ、危ない危ない」
女は口の端から血を垂らして微笑んでいた。
剣は狙い定めた位置からややずれてしまっていた。それでも剣が女の胸を貫通しているのは間違いなかったし、少なからずその命を脅かす傷になったことは変わりない……はず。
カイムは久しい動揺を覚えていた。
冷気に満ちた女の手が、刃を掴む。その細く頼りない手からは想像もつかないほどの強靭な力だった。剣を深く深く貫かせようと歯を食いしばるカイムを嘲笑うように、女の手から生じた氷が刃を包み、カイムの方へと剣を押し返していく。
「あと少しで、死んでしまうところでした。前言撤回します。あなたは人間の道にいない生き物だ」
女の胸からすっかり剣は引き抜かれた。その傷口を凍てつかせ止血し、彼女はカイムを見て小首を傾げた。
「これでもとっても痛いんですよ? そんな化け物を見るような顔をしないでくださいな」
「化け物だろう、貴様は」
「あなたに言われると納得がいかないのはどうしてでしょうね」
「知るか」
カイムは女の首を切り落とすつもりで凍り付いた剣を振った。
だが剣は首を捉えること叶わず、固いものに弾かれた。よく見るとそれは竜の尾であった。鏃のように鋭く輝く銀色の尾が、カイムの剣を跳ね返したのだ。その尾の出どころを目で辿る。どうやら女の背から伸びて来たものらしかった。
「私は竜です。あなたの傘下に入るために来ました。私のいた山から赤き竜を連れ出した、あなたの元へ」
竜と名乗る女は、涼しい顔でむせて血を吐き出す。カイムの与えた傷がそれなりに深かったことを示す量だった。
「こんな姿で来ましたし、既にここに竜はいらっしゃる。私は……とでも名乗りましょうか」
「ふざけろ、俺がお前をこの軍に加えると思うのか?」
「嫌でしたら勝手について行きます」
今度こそ首を刎ねてやろうと剣を握り直す。しかし人の形をした竜――の瞳を見据えたまま、カイムの動きは固まってしまった。冷気によるものでも、緊迫によるものでもなく、何か別の、この場で浮かべるにはあまりにも不釣り合いな感情のせいで。
「あなたは激情家ですのね。私を見て殺しを楽しもうとしたり、不機嫌になったり、今はこうして私を斬るのを躊躇ったり――。どの行動の奥にも、あなたの揺れ動く心がしっかり見えました」
「心底、化け物だな」
剣を恐れることなくはカイムへと歩み寄って来る。顔の横にある剣の刃が未だに凍り付いているのを見て、ぴんと指先で弾く。途端に剣を覆う氷は全て砕け散り、剣そのものがようやく外気へ触れることになった。
軽くなった剣を鞘に戻し、カイムは眼前の人型の竜を見下ろす。
「少しでも不審な動きをしたら殺す」
「どうぞ」と微笑んで、は、
「私からも一応断っておきますね。私の形はいつか我ら竜種の迎える祝福あるいは呪詛そのもの。それを確かめ、出来れば良き方向へと導くために私はあなたについていく。竜の血を受け入れたカイム、あなたに」
「……頭でも湧いているのか」
「多少。このような暖地には慣れておりませんので」
人からしてみれば十分に肌寒いこの地で、という歪で美しい竜は額の汗を拭っていた。皮肉を気にすることなく、本当に暑そうに。口の端から垂れている赤いものは乾きつつあり、白い頬には熱気による赤みがさしていた。
怪我が深いなど、嘘なのではないだろうか。
「手当てなど期待するなよ」
「竜の生命力はご存知でしょう? ご心配には及びませんから」
「心配だと。ただ面倒なだけだ」
「ああ、はいはい。それは失礼いたしました」
果てしなく面倒くさい相手だと思いながらも、カイムはを先導した。
僅かなやりとりの間で、がどういう生き物で、いかほどの力量かは知ることが出来た。
美しさをより引き立たせるその異常なちからとすがた。
赤い竜が顔を顰めたのに反して、は狂ったように赤い竜へすり寄り愛嬌を振り撒くさまは滑稽だった――。
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