ルカが連れていた少女を見た途端、は言葉を失った。
「セレッサ、何故こんな所に!?」
セレッサは瞬きをして、首を傾げた。ルカが不審そうな顔でを見上げる。
は、ああ、と苦笑した。
「この格好じゃ判らないか」
瞬きのうちには、大きな狼へと姿を変えた。金色掛かった灰の毛並みは美しく、勇猛ささえ感じさせる。
顔を輝かせるセレッサとは逆に、ルカの顔は真っ青になった。尻すぼみになりながらも、からからな声を絞り出す。
「な、何なんだ、お前はっ」
何とか未知の恐怖から少女を守ろうとする懸命な姿に、は噴き出しそうになった。ついうっかり彼をないがしろにして話を進めようとしていたことを、ひっそり申し訳なく感じた。
「悪い、青年。質問には後で答える。……セレッサ」
「ワンちゃん!」
の首に頬を寄せるようにして、セレッサが飛び付く。
ルカはぎょっとした。
「あ、危ないぜセレッサ! そりゃワンちゃんじゃなくてオオカミだ!」
「俺が危ないオオカミなら、青年は今頃、喉笛から赤い水を撒き散らすことになっていたと思うが?」
「じょ、冗談に聞こえねぇよ!」
の赤い双眸がルカを見据えた。
「随分と昔に、セレッサの母の世話になってな。その時よく面倒を見ていたんだ」
「そう、か……って、俺が言ってんのはだなっ!」
ハッとしたルカの切り返しには笑う。セレッサは彼の背に乗りご満悦といった様子だ。
「狼男、と言えば判るか?」
「う、嘘だろ」
「ああ……満月を見ずとも変身出来るんだ。まあ、確かに月があると魔力も上がるし、調子も良いがなぁ」
「そうじゃなく、ああもう、お前結構鈍いな!?」
ルカには、狼男の存在が信じられなかったのだ。
しかしは、おかしそうに喉を鳴らして笑う。
「魔女が実在するんだ、狼男がいたって何ら不思議無いだろう?」
ルカの顔が強張る。
――魔女。
あの女は、父の敵――。
はそれ以上言及せず、くるりとセレッサに向き直った。
「しっかり掴まっているんだよ、セレッサ」
「うん!」
喜々として頷き、の少し固い毛並みにセレッサがしがみつく。
とんとんと軽い足踏みをした後、はルカへと――飛び掛かった。
「っ、うああああ!?」
跳躍しながらルカの襟首を咥え、引っ張る。
にされるがままに宙を舞い、ルカは地面に叩き付けられた。
「てめっ、何しやが……」
文句のひとつでもつけようと顔を上げ、ルカは沈黙した。
先ほどまで自分たちの立っていた地面が、見事に抉れている。
背中にセレッサを乗せた狼は、ルカには見えない“脅威”からセレッサを守りながら戦っていた。
もう一度宙を舞ったは瞬きのうちに人へと姿を変えた。セレッサを片手で抱き、もう片手に得物を携える。
「青年、名前は?」
低いのによく通る声だ。
ルカは呆気に取られながらも答える。
「ル、ルカ……」
「ルカ、君には奴等が見えていないんだな?」
「は? 奴等?」
「了解だ。君の安全も約束する。これでも子守は得意なんだ」
は一瞬でルカとの距離を詰めると、セレッサを彼に託した。
それからコートの下から取り出した小さなビンの中身を、二人を囲むようにばら蒔いていく。煌めく砂のような粉のような、不思議な光。ルカはぼんやりとそれを目で追った。
「簡易ながら結界だ。そこでじっとしていてくれ」
言葉を無くすルカを背後に、はもうひとつの得物を取り出す。
心配そうに瞳を潤ませたセレッサを振り返り、は優しく呟いた。
「大丈夫、すぐに終わるからな」
血のように赤い双眸に宿るのは、温かな情……。
ルカは“信じられないこと”の連続する最中、その瞳が向けてくれた慈愛は、本当の気がした。
(Title by 泳兵)
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