「いでっ、いでででっ! っ、離してくれよ!」
「僕がこんくらいしねーとすぐに女子の捕獲に向かうだろーが!」

 ルカは自分の耳を引っ張るの手をようやく振り切ることに成功した。

「お前みてーに口煩いのがいたんじゃ捕まるもんも捕まらないぜ」
「ほほう、その口煩い幼馴染を頼っておきながらよく言うな? 僕は今すぐ引き返しても良いんだぞ」
「わあわあ悪かったよ!」

 すれ違った修道女がクスクスと笑っている。
 ルカがまた「お嬢さん……」と近寄ろうとするのを、は見逃さない。ルカのマフラーを引っ張って制止した。見事にルカの首が絞まる。
 ……彼は呆気なく降参した。

「っく、恐ろしく荒々しいな」
「黙ってれば良いのに、とは良く言われる」

 確かに黙っていれば色男だ。の銀髪と灰の瞳は、なかなか目立つ。
 は、ルカの旅の目的を知った上で、彼のサポートを引き受けてくれた幼馴染だ。ルカと同じくジャーナリストであり、のオカルティックな記事を支持するファンも少なくは無い。
 の記事には、説得力があった。

「にしても……此処は不思議な場所だな。さっきから視界が騒がしくて仕方ない」
「また得意のオカルトかよ?」
「わりーな、これが僕の仕事なんだ」

 ルカにはよく判らないが、には「ルカには見えない何か」が見えているのは明らかだった。彼の記事の信憑性はそこからくるのだろう。
 昔から、そうだった。
 のお陰でクローゼットやベッドの下の隙間が怖くなったこともしょっちゅうで――。

「あら、ぼーっとしてどうしたのチェシャ」

 ルカは慌てて顔を上げた。

「そ、その声は!」
「うわ美人!」

 とルカの声が重なる。声の主はおかしそうに笑っていた。

「あら、そっちの坊やには見えてるのね」
「――まさか、貴女がベヨネッタ? 本物の、魔女……」

 には確かにベヨネッタが見えていた。
 際どい衣装に長い髪、眼鏡の奥の色っぽい眼差し、艶やかな唇。
 “美女”としか言い様のない姿に、は言葉をなくした。
 惚けるを、ルカが憤慨しながらど突く。

「でっ!」
「見とれてんなよ、そいつは……」
「お前の親父さんの仇なんだろ、判ってるって」

 ルカがきょろきょろと視線を彷徨わせる中、は真直ぐにベヨネッタを見つめていた。
 不謹慎にも、は、“魔女”との遭遇に興奮していた。幼馴染の親の敵だと判りながら、好奇心を押さえられなかった。

「――本当に貴女が、ルカの親父を殺したのか?」

 ベヨネッタは瞬きをした。 を見据え、なまめかしく口元を吊り上げる。
 片手を、自分の腰を撫ぜるように下ろして行く。が瞬きをした一瞬で、彼女の手には銃が握られていた。
 反射的には後ずさった。ルカが不審そうに彼を見る。
 何時でもルカを掴み、飛び退くことができるようには魔女を見据えたまま、一歩、また一歩と下がる。
 ベヨネッタが口を開いた。

「それ以上は危ないわよ」

 銃口は、たちを捉えていた。
 重たい銃声が響く。
 は一歩も動けなかった。自分、あるいは幼馴染の死を覚悟した。
 しかし…。

(……いたくない)

 一向に死の恐怖はやってこなかった。おそるおそる振り返る。
 ――ルカの真後ろに、異形が倒れていた。金の装飾が施された真っ白な鎧を纏ったそれ。白い羽に豪奢な武具。それはまるで――。

(天、使?)

 天使らしきものは、頭を打ち抜かれていた。破裂したような頭蓋は、血や肉を弾けさせ、体はピクピクと痙攣している。
 生々しい骸に、は咄嗟に口を押さえた。胸の中で何か蠢くような気持ち悪さを覚えた。

「このくらいで大袈裟な坊やね」

 銃口から漂う煙をフッと吹き付け、ベヨネッタは笑う。
 ――魔女が、守ってくれた?
 は、青白い顔のままベヨネッタを見つめた。

「チェシャ共々、お守りしてあげる」

 また銃声が響き、異形が血飛沫をあげながら倒れる。
 ベヨネッタは跳躍した。
 いつの間にか周りを取り囲んでいた異形の頭を踏み付けながら、華麗なダンスを舞うかのように。確実に、敵を葬っていく――?
 火薬と、異形の血。それからベヨネッタが纏う花のような香りが、空気を満たした。

「……なあ、ルカ」
「なんだよ」

 は、笑っていた。

「ベヨネッタは、きっと敵じゃないぜ」

 の目はルカを見ていない。ベヨネッタの姿を追い続けている。
 自分には見えない世界だ。
 ルカは除け者にされた気分を大いに味わい、不機嫌そうにそっぽを向いた。……しかし、目の前で大きな土煙が上るや否や、慌てて走り出す。

、お前も逃げろ!」
「っと、引っ張るなルカ!」

 足をもつれさせ、ルカに引かれながらも、はベヨネッタを目で追った。
 ぴたりと視線が合う。
 黒髪の魔女は、にウインクしてみせると、また戦いに身を投じた――。

(なあ、ルカ。きっと彼女は、俺たちの敵じゃないよ。本当の敵は……)

 きっと、他にいる。
 妙な確信で胸を埋めながら、はルカと共に走り続けた。


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