俺は器用じゃなかった。
喋るのも苦手だった。何をするにも要領が悪かった。
その分、誠実であろうとした。下手に繕わずにいよう。そして俺は、種族を越えて想える人に出会った。
通じあうことは叶わぬと判っていたが、それでも共に過ごせたことは俺の幸せだった。
そんな俺を運命は嘲笑った。
――大切な人を守れなかった。
その咎が、日を追うごとに重く伸し掛かってくる。
金属とギミックをねじ込んで腕ごと封じたはずのその感情は、沈む事がなかったんだ。
思いついたことは、復讐しか無かった。
あの男は、彼女も生まれた子供も、愛してなんかいなかった。全てが自分の目的の為だった。たとえ愛情を注いでいたとしても、俺には理解できない類のそれだった。
俺は奴を許さない。
俺の一族もだいぶ少なくなった。しばらく仲間には会えていない。もしかしたら、みんな死んでいるかもしれない。悲しいが、その可能性は低くなかった。独りに慣れるしかなかった。
そのうち俺は、夜闇を抜け、明るい昼の世界で生きるようになった。思ったよりも俺と同じような奴らは多い。人の世界に混じる、違うものたち。ほんのりと希望が湧いた。
仕事をこなし、俺は密かにあの男の所在を追っていた。夜の世界より圧倒的に情報量が多く、処理するにはなかなか骨が折れた。しかし止めることはなかった。
俺が人間にまじり、日々こなしている仕事は、ささやかなものだった。温和な老夫婦とその孫娘が営む料理屋の手伝い。このぐらいが俺には丁度良かった。物騒な義手にも、愛想のなさにも、彼らは嫌な顔ひとつしない。人間にも様々いるものだ。
「また明日ね、さん」
「ああ、お疲れ様。ありがとう」
また明日。胸が温かくなる言葉だ。同胞からこんな声を掛けられたことはない。掛けてくれた最初のひとは、“彼女”か、あの“子供”たちか。俺を人間と信じて疑わない老夫婦たちの信頼を大切に生きたいものだ。
物思いに耽りそうになるのを堪え、店を後にする。俺は今夜の食事を調達するべく、最寄りのスーパーを目指した。
――その時。
「よぉ、ー!」
聞き覚えある男の声がした。
だかだかと歩み寄ってくるのが背中越しに判る。
逃げられそうにない。
俺は覚悟して振り返った。
「エンツォ、元気だな」
「おうそりゃな! こいつを見てくれよ、可愛い子供たちがプレゼントしてくれた新品のネクタイを!」
エンツォは胸を張ってるつもりなんだろうが、腹のほうが出っ張っていて、何だかバランスをとるのが大変そうに思えた。
ネクタイを摘んでひらひらと見せびらかしてくるエンツォに、俺は当たり障りのないように返す。
「お子さんたちはお父さんに似合うものがよく判ってるな、ばっちりじゃないか」
「だろう? も判ってるじゃねえか!」
うん。喜んでくれたようだ。
ちなみに俺はエンツォのご家族に会ったことはない。飽きるだけ話は聞かされているが。多分今回も、適度に相槌を打っているうちに満足してくれるだろう。
幸せな家庭を築く彼の話に癒されることも多いが、いかんせん長い。今回も30分くらいの辛抱だ。そう意気込んだ俺に、エンツォは思わぬ名前を引っ張りだしてきた。
「ダンテに会ったんだって? お前」
「ん! ん、んー……会った、ね」
「何でそんなガチガチになってんだよ! いやなに、あいつから聞かれたんだ。お前のことをよ」
エンツォは俺の肩を叩きながら話した。
「大層お前のことを褒めてたぜ! ベヨネッタといい、よ。お前はとんでもねえ奴にばっか目をつけられるもんだな。何かやらかしてんのか?」
「何もしてないさ。年寄りをおちょくるのが楽しいんだろうよ」
「年寄り! お前、今が年寄りじゃあ本当にジジイになった時なんだよ? 化石か!?」
べしべしと俺の肩を叩く力を強くしながら、エンツォは豪快に笑う。
それからまたエンツォの家族の話に移り、十分程耐えた。
「お前も嫁見つけたら人生変わるぜ!」
「頑張るよ」
「じゃあ、またな!」
ようやくエンツォと別れることが出来た俺は、気を取り直してスーパーへ向かった。
嫁、か。
種族や立場的に難しい問題だ。これが恋愛小説だったら、全てを理解して添い遂げる人間が出てきたり、同じ種族で痛みも何もかも分かち合える相手が出てくるのだろう。
しかし――俺が主役では喜劇にはならないだろう。
護りきれる自信がない。
これ以上、悲劇に浸るのはまっぴらだ。
「――いいトマトが買えた」
珍しく安かったのでトマトを大量に買い込んだ。家にピザ生地があるから、ピザにしよう。バジルもモッツァレラチーズも買ったし、馬鹿みたいにトマトソース乗っけてやろう。
「お兄さん、ご飯の買い出し?」
「材料からしてピザだな、良いねえ」
「そうそう、なんちゃってマルゲリータでも作ろ――……え」
考え込んでいるうちに両脇に見覚えある人物がふたり。
ベヨネッタ。
ダンテ。
何故か、このふたりが。
「早く帰ってご飯にしましょ」
「ピザは大好物だぜ。ただしオリーブ抜きな」
何か勝手に語りだしてるし。
何かついてくるし。
「何でそんな食べる前提なんだお前たちは。オリーブは使うぞ! オイルもどっさりとな! 体に良いんだ!!」
「今更体に気ィ遣ったところで変わらないだろアンタ」
「お腹に入ったら全部一緒よ一緒」
何でこんなことになった……。
振り払おうにもすんなり帰る相手ではない二人である。
仕方なく部屋に二人を入れ、適当に飯を食わせて、適当に部屋で寛がせることにした。
ベヨネッタとダンテは気が合うのか、初対面とは思えない勢いでトークしていた。
自分の家なのに寛げないという不可思議状況ではあったが、不思議と悪くない。
今日考えていたことが暗かったためだろうか? 自分以外の誰かがいるということが、酷く落ち着いた……。
(あいつらがもう少し大人しければ本当に良かったんだけどな)
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