の寝顔を眺めながら、私は微笑む。この距離まで近づいても起きないということは相当眠りが深いか、私の気配に対して気を緩めているということ。どちらにせよ、私の好き放題。
 と言っても、あまり派手なイタズラはしない。にとって私やジャンヌは庇護すべき対象というヤツで、その為に自然と出来た一線は、私にすらなかなか越えられないのだ。
 まあ、越える気になれば越えられるけれど。
 が望まないから大人しくしているだけだけれど。
 は眠るとき、上半身裸で眠る。寝返りを打ったとき、義手の左腕が軽く軋んだ。義手を始めとして、の身体には今までの戦いでついた傷跡が数多くある。人狼の再生能力を以てしても跡になったものたち。ほんの少し悔しい。彼に消えない跡を残したものが、こんな生々しい傷ばかりだなんて。……前言撤回。ほんの少し、じゃなく、とても悔しいわ。彼が私の母を愛していたことも知っている。やっぱり報われないオオカミ。
 の胸にそっと手を添える。手の平で鼓動を拾うように。
 この奥にしまわれた心はどれほど傷ついてきたのかしら。私やジャンヌを守ってくれた貴方を、守ろうとしてくれる存在はあったのかしら。

「これでも心配してるのよ、オジサマ」

 同じ種族に会うこともなく孤独に生きてきた貴方。私たちの存在が少しでも支えになっていたなら良いのだけれど。

「……ベヨネッタ?」

 が目を覚ました。くあ、と欠伸をして、手の平で目を擦っている。
 私は笑った。

「おはよう。ねぼすけさん。鍵もかけないなんて不用心じゃない? 物盗りでも来たらどうするの」
「悪い奴が来たら起きるさ」

 根拠もなく言ってのける。は「それより」と未だ胸に触れていた私の手を取って、くしゃりと笑う。

「ベヨネッタやジャンヌが何かあったときにすぐ入れるように、鍵は開けておいた方がいいだろ? まあ、流石に出掛けるときは鍵を閉めるからそのときは勘弁してくれな」

 握られていた手が離される。少し名残惜しかったけれど、いよいよ覚醒したはベッドから起き上がった。こんな時間まで寝ていたということは今日はオフなのだろう。彼の勤め先は街中の小さな料理屋。平凡な老夫婦と孫娘の営む小さなお店。あの孫娘ちゃん、に気があるみたいだけれど、どうやら想いを伝えるまでには至らないみたい。ほんの少し気持ちは分かる。にとって彼女も庇護すべき一人に過ぎなくて、恋愛対象にはなり得ないのだ。
 は、極端なまでに恋愛を遠ざけている気がする。自分に色恋沙汰は相応しくないとでも言うように。

「ベヨネッタ、少し早いがランチにしないか。軽く何か作ろう」

 シャツを着たが私を振り返って微笑んだ。目元に柔く刻まれた皺。彼との歳の差を思い知る。私だって長生きしている方だけど、に比べたら「まだまだお子様」の類。
 目は口ほどに物を言う。の慈愛に満ちた眼差しは、私を女として見ていない証。この妖艶なるアンブラの魔女を前にして、彼は「庇護すべき子」だと言う。
 私の目は彼に対してどんな風に物を言っているのかしら。
 の元まで歩み寄ると、私は、言葉もなくその胸に寄り掛かった。おっと、と大して苦労も無さそうに右腕を回してくれる私の愛すべき保護者。左腕を回さないのは、無機質な義手で私を冷やすまいとしてくれているから。別に気にしなくたって良いのに。
 代わりに私が、両腕を彼の背中に回す。

「捕まえた」
「それなら、俺の方が先にお前を捕まえていたんじゃないのか?」
「細かいことは良いのよ」

 誰彼のお邪魔なしにこんな風にを独占するなんて、実は結構レアなこと。ぎゅっと両腕に力を込めると、彼は苦笑を漏らした。

「今日は甘えん坊さんだな」
「こんな魔女が甘えてくれるだなんて、男として光栄じゃない」
「そうか、そうかもな」

 子供をなだめるような声音にほんの少しの不満を抱いたけれど、昔から変わらない深い夕焼け色の瞳に、何もかも飲み込まれた。
 にかかれば私は、女、どころか、ただの女の子にされてしまう。そのくせ、そういう対象としては扱ってくれないんだから、もどかしいったらない。

「罪な男よ、貴方」
「……心当たりが無い」
「ますます罪ね」

 困ったようには、私を抱えてベッドに戻る。落ち着くその腕の中で、私は、そっと瞳を閉じた。くうと鳴る彼の腹の音はそのままにして。

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