最近、僕には友達のような子ができた。
バイト先の本屋によく来る学生。名前はタツオくん。綺麗な顔立ちで、でも、何処か悪いみたいに肌は白かった。
「すみません」
「はい、いらっしゃいませ」
慣れない営業スマイルで挨拶して、あ、と思わず声を上げてしまった。
タツオくんじゃないか。何処となく思い詰めているような微笑みを浮かべている。
「この間、注文していった本ですよね? 申し訳無いんですけれど、入るの明日になりそうなんです」
「そうですか……」
何とか声を掛ける。しかしタツオくんの目的は、本ではなかったみたいだった。
「あの、さん。このあと、お暇ですか」
「へっ? まあ、はい……」
情けない声を上げた僕に、タツオくんはホッとしたように笑って息を吐いた。
何か、あるのかな? 相談ごとにしても、僕には話を聴くぐらいしかできないけれど。
「5時で終わりですよね? 僕、待ってますから」
僕は頷いた。タツオくんはそれを確認したら、また笑って本屋を出て行った。
バイトが終わるや否や定時通りにあがり、僕は本屋を飛び出した。周りを見渡してタツオくんを探す。…そばのコンビニからタツオくんが出て来た。お待たせしちゃったかな。
「すいません、いきなり誘ったりして」
「い、いや、良いんだよ。僕は大丈夫。タツオくんの方が良いなら…」
僕がそう返すと、タツオくんは目を丸めた。それから、少しだけ顔を赤くして、嬉しそうに笑った。
「名前、覚えててくれたんですね」
「よく来てくれるし、ね」
僕が言うのも何だけど、タツオくんはちょっぴり気が弱いんだと思う。
けれどもその分、優しくて、弱いところを知ってるからこそ、誰かの為に献身することもできそうな――。
もう少し欲張って生きてもいい子だと、感じた。
「さん」
「え?」
「二人きりで話したいから…少し歩きませんか」
「い、良いけれど…」
タツオくんが僕の手を掴む。彼の手は凄く温かかった。僕のせいで冷えてしまうんじゃないだろうか。
そっとタツオくんを見てみたけど、気に留めたふうも無かった。
「さんに、聞きたいことがあるんです」
誰もいない公園。少し肌寒い風が抜ける中、僕たちは揃ってベンチに腰掛けた。
得も言われぬ緊張で固まる僕に、タツオくんはそっと切り出した。
「さんは、この世界が嫌になったことはありませんか?」
「え……」
世界が嫌になる。
親を亡くし、家を無くし、踏んだり蹴ったりな道を来た。
世界が嫌になる。
僕には、それは…よくあることだった。背徳感に似た苦味が胸に込み上げる。
冷たい風に、タツオくんはまた言葉をのせた。
「僕は、キッカケさえ有ればこの世界を棄てて、違う世界に行ってみたいって思います」
さんは、どうですか。
思わぬタツオくんの告白と質問に、僕は完璧に硬直してしまった。
――どれくらい悩んだろう。僕の手を掴んでいるタツオくんの手が少し冷たくなってきた。
答えなきゃ。僕は意を決して口を開いた。
「……僕は」
か細い声に、タツオくんは静かに耳を澄ませている。
「確かに、この世の中で生きるのが嫌になったりするけれど……でも」
頑張って顔を上げた。
泣きそうだけど、今、僕が泣いちゃったら、答えと釣り合わなくなってしまう。
「それでもこの世の中で生きてるのは……、多分、此処が僕の生きる場所だって、判ってるからなんだと…思う」
タツオくんやアゲハくんみたいに、僕を見つけてくれる子もいた。
だから、ちょっぴりずつだけど、希望が沸いて来たんだよ。
「だから、此処で生きてたいかなぁ……」
眼鏡を外して目を押さえる。結局泣いてしまった僕に、タツオくんがハンカチを貸してくれた。
「すみません、変なこと聞いて……」
「いや、これは僕が泣き虫なだけで……ごめんね。色々と思い出しちゃって、つい……大人が情けないよね」
タツオくんは思い詰めたような顔をしてる。悲しくて辛そうな顔…。
なんとかしなくちゃ、と思った矢先、タツオくんが僕の名前を呼んだ。
「さん」
――タツオくんは、僕を抱き締めた。
「ごめんなさい、ありがとうございます」
「え、え?」
「…最後にまた困らせちゃうかもしれないんですけど、言わせて下さい」
何がなんだか判らなくて、慌てる僕に、タツオくんははにかみつつ言った。
「僕、あなたのこと、好きです」
す、き?
真正面から「好き」と言われたことのない僕は、頭が真っ白になった。けどすぐに顔が赤くなる。
タツオくんは、続けた。
「あなたにも僕のことを好きになって、とは言いませんから。僕がさんのことを好きだってことを知ってくれたら、良いですから」
どういうこと? 尋ねる前にタツオくんは僕を離し、立ち上がった。
振り返らずに歩き出すタツオくんに、僕は慌てて叫んだ。
「――た、タツオくん!」
タツオくんは振り返らない。じゃあ質問なんてしてられない。言いたいこと、伝えたいことを、言わなきゃ!
「ぼ、僕も、好きだよ! タツオくんのこと、好きだよ! だから…」
視界が涙ぐんで、また、声が震える。
「まるで今生の別れみたいに、言わないでよ…」
タツオくんは走って、僕を置いて行ってしまった。
――僕の言葉は届いたかな?
確かめたくても、できない。
あの日以来、タツオくんは本屋へ来なくなってしまった。それどころか…。
「え? 行方不明…?」
彼の自宅に本のことを連絡した僕は、言葉を失った。
僕と別れたあの日、タツオくんは消えてしまった。何処かへと。
(どうしたの、タツオくん)
彼が頼んだ本は、店長に無理をいって、今でもカウンターの棚に置いてある。
いつか、タツオくんが受け取りに来てくれることを祈って。
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