“根”に来たは、ずっと惚けたような顔で宙を見つめている。

「生きてるんだなぁ……」
「生きてますよ」
「……うん」


 呟くの目から涙が零れた。
 「色々とあったけど、でも何とか整理をつけなくちゃ」とかモゴモゴ言っている。
 背中を擦ってあげると、ますます泣き始める。よっぽど怖かったのか。それとも僕が何か悪いことをしたろうか。

「おっきくなったねぇ……シャオくん……」
は見るたび細くなってくみたいだ」
「いろいろあったから……」


 ……心労でやつれたのか、は……?
 眼鏡を外して目を擦ろうとするの手を掴む。擦ったら腫れるだろ。何回やっても覚えないんだから。
 僕がハンカチを差し出すと、遠慮がちに見つめて来る。焦れったくて、涙をふいてやった。

「ごめ……」
「遠慮しなくて良いんだよ、何でそんなに控え目かな」
「ごめん……」

 は背中を丸めて落ち込んだ。誰も悪いとは言ってないのに。
 拭いても拭いても、の涙は止まらない。
 なあ、何でそんなに泣くの? 僕が怖いのか? ここは居心地が悪い?

「…何も言わないから、判らないじゃないか」

 心を探るような野暮な真似はしない。が話してくれることに意義があるから。探ろうにもに防がれるだろうし。
 僕の視線から逃れるように、は長い前髪を垂らした。それが少し苛立たしい。

っ」
「ぅわ、ごっ、ごめんなさい!」
「まだ何も言ってないのに怯えるなよ!」

 僕が言うと、は小さい小さい声で言った。

「な、何か怒ってるから」

 図星だ。は主張が出来ないくせに、人の図星を指すのは大層上手かった。いつもそれは変わらない。
 ただ図星を突いても理由までは判らないらしいから、逆にもどかしくなる。

「シャオくん、僕のこと嫌いかな? 敬語使わないでくれてるから、少しは懐かれてるかなと思ってたんだけど」

 僕は唖然とした。
 嫌いだったら、涙を拭いたりしないだろ、普通。

「――だいぶ前に、似たようなこと言った気がするけど」
「え?」
「誰も、を嫌いだなんて言ってない。嫌いな人の涙を拭こうとか、嫌いな人のそばにいようとか、思わない。少なくとも僕はそうだ」

 遠回しなことしか言えない自分の情けなさ。何時まで経っても自信を持てないの気弱さ。
 折角揃った目線も、何の意味をなさない。
 ああ、何も変わらないな。

「……シャオ、くん」

 が僕に話しかけてきた。レンズを介さないの目を見るのは凄く久しぶりだ。まず視線が合うことも少ないんだから……。
 だから、真っ直ぐ視線がぶつかったことは、内心恥ずかしかった。

「ごめんよ。手間かけて」
「気にしなくて、いい」
「ありがとう、僕のが年上なんだから、しっかりしないといけないのに」

 は恥ずかしそうに笑った。

「前にも、泣いた時にハンカチ貸して貰ったことあるんだ。バイト先によく来てた子なんだけど……。駄目だなぁ、成長してないや僕」

 僕の胸は鈍く痛んだ。
 は、無防備な泣き顔を、どんな人にさらしたんだろう。思い出を語るの顔は穏やかで。なのに僕は、それが嫌だった。
 が、昔のことや僕の知らない話をする度に、僕の胸はこうして痛む。
 どう頑張っても覗けないの心は、が見せてくれるのを待つしかない。
 この痛みと、引き換えに。

「……本当に、ありがとう。シャオくん」

 が、微笑む。

「こんな時に誰かが傍にいてくれるの、すごい幸せなことだね」

 “誰か”という定まらない存在を、いつか――いつか、僕にすることができたら…。
 ぼんやりとそんなことを考えて、顔が赤くなるのを感じた。まずい。
 眼鏡を外しているにも僕の異変は伝わったらしい。

「シャオくん、どうかした?」

 急にが顔を寄せて来た。うあ、と情けない声が漏れ、口から心臓が飛び出そうになる。

「あれ? なんか赤……」
「なんでもない!」

 が怯えて身を引いた。ごめん…。胸中で謝り、僕は冷静さを必死に掻き集めて装った。

「……僕も、がいてくれて良かったって思ってるから」
「え?」
「だから、ありがとうはお互い様だ」

 落ち込みかけていたは、僕の言葉に元気を取り戻した。
 ふわりと笑って、嬉しそうに頷く。

「……しあわせだね」
「そうだね」

 ぽつりとが呟いた言葉に、僕は同意した。
 ――あとはこの想いさえ通じたら、いいんだけれど。


(Title by 確かに恋だった)

Top