「セシリア」

 名前を呼ばれ、柔らかな栗毛を揺らしながら駆け出す少女。その先には大好きな父親の姿があった。

「おとうさんっ」
「元気にしてたかー?」

 飛び付くセシリアを抱き上げて、“おとうさん”もといは深い笑みを浮かべる。
 その様子を、ユージーンは目を丸めて見つめていた。

「本当に父親だな……」
「そりゃあな」

 セシリアを抱きかかえ直し、は軽く返す。

「僕はあんまり家にはいられないが、婆さまが見てくれてるし、セシリアは賢い子だから」

 その言葉にユージーンは口を噤んだ。
 は今、自分たちの旅に同行している。戦いも激しさを増す中、の戦力を失うのは惜しい。しかし彼には家族との生活がある。こんな山奥で子供と老婆だけでは不便も多いだろう。
 傍で守り続ける方が、ずっと良い。
 ――やはりは俺達といるべきでは無いのかもしれない。
 何より彼には、この戦いに身を投じる理由が無いのだから。

「このまま残っても構わんのだぞ、

 ユージーンの言葉に、は唖然とした。
 しかし、瞬く間にいつもの顔に戻る。そっとセシリアを下ろした彼はユージーンに歩みより、口を開いた。

「まさかユージーンは、僕が冗談半分でついてってると思ってるのか?」

 ユージーンは首を振る。が真剣であることは誰より理解しているつもりだ。
 するとは、にっこり笑ってユージーンの肩を叩いた。

「だろ。僕が全部覚悟の上でいるの、お前は判ってるじゃんか」

 何を言っても僕はついてくぞ、と言外に言われている気がした。
 いや、言っている。

、だかな……」
「それに、こんな大仕事投げ出したら娘にあわせる顔がない」

 がセシリアを顧みる。ちょい、と手招きすると素直によってきた娘を抱き上げ、桃色の頬にキスをした。くすぐったそうに目を細めたセシリアに、は微笑みかける。

「あのな、セシリア。このおじさんはユージーンって言って、父さんの友達なんだ」

 セシリアはに抱かれたままユージーンを見つめた。大きな瞳で瞬きすると、はじめまして、と頭を下げた。

「お父さんがおせわになってます」
「ああ、いや、こちらこそ。……本当にしっかりした子だな」
「だろ?」

 ユージーンに褒められ、何故かが喜ぶ。ご機嫌そうな父親と友人を交互に見ながら、セシリアは首をかしげた。

「おとうさんがお手伝いしてらっしゃるお友だちって、ユージーンさんなの?」

 は頷いた。それからセシリアを下ろし、しゃがんで視線を合わせる。

「そうだよ。お手伝い、だいぶ良いとこまで来てるんだ」
「じゃあもうすぐ帰って来れる?」
「おうともさ」

 はセシリアの頭を撫でながら話した。

「だからあとちょっと我慢な。帰って来たら嫌だって言ってもいっぱい遊んでやるから!」
「やったぁ、楽しみ!」

 微笑ましい親子の様子に、ユージーンも自然と笑みが零れていた。
 そしてセシリアは、ふとユージーンの前に歩いて来ると、ぺこりと頭を下げた。

「おとうさんのこと、よろしくお願いいたします」

 純粋なその願い事に、ユージーンは深く頷いてみせたのだった。



◆◆◆


「なあユージーン。僕が家族に会いに行ってるの、何時から気付いてた?」
「お前が仲間入りして間も無くからだ」
「結構早いな……」

 は、ふんふんと頷くと、赤らみ始めた空を仰いだ。

「このこと知ってるのはユージーンだけだよな?」
「だから俺も連れて来たのだろう?」

 は笑いながら頷いた。

「じゃあユージーンもこれで共犯だ。……このことは内緒な?」
「ああ、判っている」
「よっしゃ、スッキリしたわ」

 ふわりと空気が揺れる。のフォルスが、柔らかな風を集めていく。

「さて、怪しまれないうちにさっさと帰りますか」

 風に流されるようにして、二人は帰路についた。
 ユージーンにはが何故同行を許したのかまだ判らなかった。
 しかし、彼がなかなか見せないありのままの姿を少しでも明かしてくれたことは、大きな収獲だった。
 確実に縮まった距離と、幼いセシリアの真っ直ぐな姿を思い、ユージーンは密かに笑った。

「――それにしても
「なに?」
「風が……荒くないか? いきなり何処かに飛ばされ兼ねん気がするのだが」
「あー……。そのあたりは保証しかねるわ」

 少しばかり冷たいものが、背筋を撫でていった気がした。

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