宿屋の一室から、絶叫が響く。

「あああチクショー!!」

 転げ回って悔しがるティトレイを見て、向かいに座るは大笑いしていた。

「ばっかだ! ティトレイって馬鹿だー!」

 遠慮の無いの言葉が、ティトレイに追い討ちを掛ける。
 ちょうど部屋に入ってきたマオは、それを見てフッと笑った。やれやれという風に手を広げ、わざとらしい仕草をつけながら。

「やだなぁ、今更すぎるヨ。そんなこと」
「マオ、そりゃどういうことだ? んー?」
「べっつにー? そのままの意味だけどー?」
「何だとー!?」
「で、何してたの?」
「おい無視するなよっ!」

 興味津々にマオは、二人が囲んでいるものを覗き込んだ。ティトレイとの前には、なんら変哲のない、ただの石があった。ただ、数が多い。
 マオが尋ねると、は笑いながら答えた。

「石取りゲームだよ」
「何それ?」

 案の定首をかしげるマオ。はまた笑うと、石を指差しながら説明し始めた。

「此処にある33個の石を交互に取り合うのさ。取る数は1個以上3個以内。んで、33個目の石を取った方が負け」

 聞きながら、マオは深々と頷く。
 ティトレイとの様子から察するに、二人はその石取りゲームで対決していたのだろう。そしてティトレイは負け続けている。それもかなりの回数。は人をのせるのが上手いし、ティトレイは負けず嫌いだ。
 ……判りやすい。マオは笑った。

「よっし、ボクもやってみる! ティトレイの弔い合戦だヨ!」
「おれは死んでねー!」
「ふふん、掛かって来いや!」

 マオは意気揚々とに挑んだ。そして――が不敵に笑う意味を、身をもって知ることになる。



◆◆◆


「――な、なんで……なんで勝てないのー!」

 マオは叫んだ。

「はーっはっはっは、マオもティトレイと同レベルってことだなぁ!」
「そんなぁ~!」
「おれに対して失礼すぎだろお前ら……」

 笑い続ける爾に、マオはがばっと近寄り訴える。ティトレイの呟きは、盛り上がる二人にあっさり流されていた。

「どーなってるの!? が使えるフォルスに秘密とか……?」
「ないない。風しか使えねーよ僕ぁ」
「くぅぅう~、悔しいぃい……っ!!」

 無視され、訴えることを放棄したティトレイは、石の山とじっと向かい合ったまま動かない。またゲームについて悩んでいるようだ。

「ティトレイとマオでやってご覧。これなぁ、一応法則があるんだよ」
「えー! ずるいヨー! の馬鹿ぁ!」
「ちっくしょー絶対見つけてやる!」
「頑張れ頑張れ」

 躍起になる二人を放り出すように、は部屋を離れた。
 日が暮れて、廊下の窓からは夕焼けの光が差し込んで来ている。
 やっぱ海近いと凄いなあ。
 はひとり深く頷き、感慨に耽った。
 部屋からはまだ、マオたちの声が聞こえる。相当苦戦しているらしい。面白くて、つい笑ってしまう。
 ふとが視線を上げると、ちょうど見覚えある長身が歩いて来た。

「おっ、ユージーン」
、部屋が騒がしいようだが……」
「ごめん僕がけしかけた。ありゃ暫く煩いぞ」

 謝りながらも彼に悪びれた様子はちっともない。「まあ収まるまで話でもしようや」と笑うに、ユージーンは応じることにした。
 宿屋を出て、裏に回る。開けた視界には、いっぱいの夕焼け。茜色の夕日が海へ沈む様がよく見える。その眩しさに、は隻眼を細めた。

「眩しいな、まあ良いか。……ティトレイたち何時終わるかなー」
「何をけしかけたんだ?」
「石取りゲーム。あの33個のやつ」
「なるほど。あいつらなら熱中するかもしれんな」

 しかしは、何故そんなことをけしかけたのか。
 言葉にしないものの、ユージーンの疑問は、何となくに伝わっていた。
 夕日から目を逸らしたまま、は口を開く。

「……ちょっとばかし、あいつらの子供らしい顔が見たかったんだよ」

 でも、と間を置いては顔を上げた。

「やっぱり、セシリアの顔が見たいな」

 ユージーンを見る彼は、何時もの笑顔だった。しかし、表情に反して、は酷く淋しそうに映った。

「最近会いに行ってないのか?」
「こないだ会った時、セシリアに“お手伝い終わるまで来ちゃ駄目”って言われたんだ」

 ユージーンは目を丸め。
 セシリアは、幼心に理解しているのだろう。今、自分の父がしている“お手伝い”が、如何に危険で大変なものなのか。
 甘えたい盛りだろうに、父の為に我慢して。自分には気を遣わなくて良い、と言ったのだ。
 ユージーンは、夕日を見た。罪悪感に似たものが彼の胸中に滲む。

「――。やはりお前は、俺達について来るべきでは無かったな」

 言ってしまってからユージーンははっとした。軽率な発言だったと。以前、似たようなやり取りをして彼に咎められたことを思い出した。
 窺うように、ユージーンはに視線を移す。

「今更だろ。第一、此処で放棄して帰ってみろ……。お家に入れて貰えないよ」

 の顔が、珍しく曇っていた。

「泣きそうな顔して、言われた。本当は帰って来て欲しいんだって、目が言ってた。でも、逆のこと言われたんだ。……そんな娘の覚悟を、無下には出来ないだろ?」

 泣きそうな顔で笑うの姿に、思わずユージーンは目を伏せた。
 はまだ若い。少なくとも自分よりはずっと。
 なのに彼がしっかりしているからと、知らず知らずの内に甘えていたのかもしれないと思った。

「……ユージーン。ちゃんと僕の目を見て聞いてくれ」

 の声に、そっと顔を上げる。赤い瞳が真っ直ぐにユージーンを捉えていた。

「皆で踏ん張って、さっさと戦いを終わらせような」
「ああ」
「そしたら、僕の家でぱぁっと騒ごう。セシリアも婆さまも楽しみにしてる」

 改めては笑った。
 淋しさも、悩みも、その隻眼にはもう無い。

「黒猫のおじさま、もう一度お家に連れて来てって、セシリアにねだられてるんだ」

 そう言って差し出された右手に、ユージーンはゆっくりと自分の右手を重ね、握った。

「……約束する」

 の表情が何時ものものに戻ったのを見て、ユージーンはひっそりと胸を撫で下ろした。
 ――すまないな、セシリア。君のお父さんと、もう少しだけ一緒にいさせてくれ。


「あっ、何処言ってたのさ! 全然判んないんだけどこれー!」
「チクショウ、おしえやがれー!!」
「頑張れ若人! 死んでも教えてやらん」
「意地悪っ!」「いじわるっ!」
「仲いいねーお前ら」

(Title by 貴方の唇に届かない)

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