はエレンピオス人である。酒や煙草やギャンブルを程々に好み、仕事を堅実にこなす独身男性。過去に事故がもとで負った怪我の跡や、左目を覆う眼帯のせいで、柄が悪く見える。ただそこにいるだけで子供を泣かせてしまうことも珍しくない。本人は非常にそれを気にしているが、改善の手立ては今のところ“無し”だ。
そんなは、仕事仲間と共にとあるバーでポーカーに打ち込んでいた。
「やった、フラッシュ。スペードってやっぱ格好いいよなぁ」
「はあ!?」
の淡々とした声に、仲間の一人が叫ぶ。の宣言は続く。
「おまけにストレート」
「えっ!?」
手札を仲間たちに見えるようにテーブル上に広げながら、は確認する。先に言った通り、五枚の手札のマークはスペードで揃っていた。そして数字は……、
「A、キング、クイーン、ジャック、10……。文句なしのロイヤルストレートフラッシュだ」
当人も予想外の、最高の役。
正直ガッツポーズで立ち上がりたかったが、いい加減自分も良い歳だ。子供のような真似は我慢する。「マジかよ……」「イカサマじゃねえか、おい!?」「そんなんありかぁ……」仲間たちが次々と吐き出す愚痴が心地よい。いまだかつてない高揚感に、は大満足である。軽くあおったアルコールが、彼の上機嫌ぶりに拍車をかけていた。
「約束だ。明日から1週間昼飯おごれよ」
「つったって、お前昼時なかなかいないだろが」
「ならここで昼飯代置いてけ。名案だろ?」
「わあったよ……」
仲間がそれぞれ“昼飯代”を置いて店を出ていったところで、ようやくは素直に喜びを噛み締めた。我慢していたガッツポーズを決め、すっくと立ち上がり、天井を仰ぐ。
「やった……!」
動きはともかく、その声はかなり控え目であった。
「なにしてるの、ガンタイのおじさん」
「おおっ!?」
感慨に耽るに、純真無垢な声が突き刺る。酒と歓喜で油断しきっていたは大いに驚いた。叫ぶと同時に、視線を店の入り口へ向ける。
そこには、見慣れた短髪の青年とツインテールの少女、シャムミックスのふくよかな猫。ルドガー、エル、ルル一行である。
先の声はエルのものだった。しかし予想だにしなかったの大声に怯えたのか、サッとルドガーの影に隠れてしまう。
は慌てた。ルドガーたちにいそいそと歩み寄り、何か無いかとコートのポケットを漁り、黄緑色の棒つきキャンディを取り出して、屈んでエルに見せる。
「わ、悪い、エルちゃん。びっくりさせてしまったよな。飴食べるかい? メロン味だぞ」
「……いらない」
「そっか……」
しょんぼりしながらはキャンディをポケットに戻した。
気を取り直した彼は、再び立ち、ルドガーを見る。
「ルドガーや、こんな時間に子供を連れて来るところか?」
「エルにひとりで留守番させる訳にもいかないだろ。を探してたんだ。電話も繋がらないから、ここかと思って来たんだよ」
「……すまない、全く気付かなかった」
GHSを取り出して確認すると、ルドガーからの着信が三件。ポーカーに集中するため、サイレントマナーモードにしていたのが仇となった。
「ホントごめん……」
良い歳をした大人とは思えないの落ち込みように、ルドガーは苦笑する。
「またカードか? 好きだよな、」
「エレンピオス人らしくて良いだろ? 誰にも迷惑掛けないよう程度は弁えてるつもりだし……。まあ、ルドガーにエルちゃんにルルや。俺がおごるから、とりあえず座らないかい」
がテーブル席を指しながら提案すれば、「じゃあ甘えようかな」ルドガーがすぐに応じた。
「良いよな? エル、ルル」
ルドガーに問われ、少女と猫は小さく頷く。
ルドガーとエルが並んで座り、向かい合う形でが座る。その隣にルルが鎮座し、を哀れむような顔で見つめていた。
「ルルや、お前さんは本当に良いヤツだなぁ……。今度ロイヤル猫缶を献上させてくれ」
「ナァー」
が一撫ですると、約束したからな、といった様子でルルが鳴く。ルルのややふくよかすぎる体の心配をしているルドガーのじとっとした視線が無かったら、は、今すぐここで、懐に忍ばせてあるマタタビ団子をルルにプレゼントしていたことだろう。
ルドガーとエルは揃ってミートソースパスタを注文し、ルルには火を通したのみの魚を用意してもらった。ルドガーや父親の料理で舌の肥えたエルが「まあまあオイシイかな」とパスタを食べる様を見て、はひっそり胸を撫で下ろす。これで先の失態を少しでも許してくれると良いのだが。
幾らか警戒を解いてくれたのか、エルは、じっとを見つめてきた。
「ガンタイのおじさん、いっつもカードしてお酒飲むの?」
「1週間に三日くらいは、こんな感じだよ。後は仕事で、残業とかあるし」
「ふーん……。カノジョとかいないの?」
「……いたらこんな場所には来ないかな」
「なんか、セツないね」
同情してくれた少女の声は、密かにの心を抉った。「確かに切ないね……」もう、それぐらいしか返せなかった。
申し訳なさそうな顔をするルドガーに、視線で“大丈夫だよ”と伝え、は水を飲んだ。
するとまたエルが、不思議そうにに訊ねる。
「もう今日はお酒飲まないの?」
「ああ。お酒も煙草もカードも、今日はもうおしまい。量とか回数を決めてるんだ」
本当は単に子供の前では控えているだけだが、エルは子供扱いされると拗ねてしまう。当たり障りのないの返答に、少女は何の疑問も抱くことなく納得した。
「ガンタイのおじさんって、コワいのは見た目だけだよね」
は瞬きした。
エルはを“怖い”と言った。ただし、見た目の話である。それはつまり、エルはの中身については異なる感想を抱いていることになる。
「エルちゃん……。ガンタイのおじさんって言うの、長くて面倒じゃないか? で良いよ」
「でもガンタイのおじさんはエルのことエルちゃんって言うでしょ」
「おじさんは、年下の子はそう呼ぶのが癖なんだ。レイアちゃんやエリーゼちゃん、ジュードくん……みたいな感じでね」
「そっかー、そう言えばそうだね」
エルはうんうんと頷きながら笑った。
「じゃあ今から、って呼んであげるね!」
内心はガッツポーズを決めたかった。ロイヤルストレートフラッシュを遥かに凌駕する喜びが込み上げる。子供に泣かれることは多かれど、微笑みかけてもらうなんて何時以来だろう? しかしあまり素直に喜びを表現してはエルを驚かせてしまうかもしれない。
「ありがとうエルちゃん。食後のデザートに飴ちゃん食べるかい?」
「うん、食べる!」
「ルドガーにもやろう、ほれほれ」
「あ、ありがとう」
頬を緩ませながらが差し出した飴を、エルは満面の笑み、ルドガーは苦笑いで受け取った。ルドガーが飴に気を取られた隙に、こっそりルルの餌にマタタビ団子を一つプレゼントしておくことも忘れない。甘やかすならば平等に、がの心情だ。
三十路をうろつく独身男性のには、ルドガーもエルもルルも等しく可愛い。
結婚の予定すらない彼には、もて余さんばかりの父性が溢れていたのであった――。
エルに名前で呼んでもらえる段階までステップアップしたが1週間ほどにやけっぱなしだったのを同僚たちが気味悪がっていたことを、彼は知らない。
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