少し癖のついた、真っ黒な髪。
 何時もはそれを隠すように被っている帽子が、今日は無かった。
 どうしたのかと聞いてみると、「たまには脱ぎたくなるんだ」と笑って見せた。

「もっと明るい色が良かったなぁ」
「何のことだ?」
「髪の話。………遊星みたいにメッシュ入れちゃうのもアリか」

 ううむとわざとらしく唸りながら、彼は空を仰ぐ。

「どうしてその髪が嫌なんだ?」

 前々から胸にあった疑問を、この際なのでぶつけてみる。せっかくの2人きりなんだから、黙っているのは勿体無いと思ったんだ。

「母さんも、父さんも、こんな黒髪じゃなかった。つか俺、親に似てなくてさ。橋の下で拾われたんじゃないかってぐらいなの」
「橋の下?」
「――血が繋がってないんじゃないかってこと」

 自嘲気味に語る横顔は寂しそうで、普段の飄々とした様子は欠片もなかった。
 何か、言葉を掛けるべきだ。
 けれど声は喉の真ん中でつっかえて、音にならない。
 ただ、黙る俺。
 情けない。

「まあ、そんなちっちゃい理由だよ」
「小さくなんか、ない。お前は真剣に悩んで、苦しんだんだろ」
「…かなぁ。ありがとう」

 当たり障りのない偽善的な俺の言葉に、勿体無いくらいの笑顔でお礼を言ってくれた。
 ――ちが、う。
 俺が言いたいのは、こんなことじゃなくて。
 もっと、違うこと。
 喉が、ひりひりする。
 頭の奥が熱を持って、何だか酷く混乱してきた。
 せっかく、お前と俺だけなのに。


 そんなに、黒い髪を嫌わなくたって良いじゃないか。
 見た目よりふわふわしていて柔らかくて、実は陽の光を緩やかに返すことも、全部俺は知ってる。
 すごく、綺麗だと思った。
 確かに派手さは無いかもしれない。お前が嫌いな暗闇の色に似てるかもしれない。
 でも、落ち着くんだ。
 暗闇とも影とも違う、お前の黒。


 ――俺は、大好きだよ。


 声にならない言葉は、いつも胸と頭に滞って。
 俺たちが帰る場所は同じはずなのに、置いて行かれた子供のように寂しくて仕方無い。
 家に戻ったら、俺たちは「友達」なのだと嫌でも思い知らされる……。
 夕焼けが、視界をオレンジに染めていく。離れた所から聞こえてくるのは、子どもたちの笑い声。風が吹く度、形にならずに霧散する言葉。
 何だか、やるせない。

「遊星?」

 我に返ると、心配そうな黒い瞳と視線がぶつかった。

「あ……」
「大丈夫か、いきなしぼーっとして」

 ひらひらと俺の前で手を揺らしながら問いかけてくる。
 腕を伸ばせば、届く距離。
 無防備な、黒。
 今ここで、想いのまま抱き締めようものなら、友達でさえいられなくなるんだろう。
 ――だったら……このままで良いかもしれない。
 想うだけなら、お前には見えないから。とり返しのつかない傷を追うよりはずっとマシだから。
 このまま、胸を締める苦しみを抱えたままでいい。
 きっと彼は、友達だからこそ、こんな風に無邪気で、人懐っこくて、あったかいんだ。
 そう言い聞かせる度に、また胸が痛んで。こんな葛藤を、幾度と無く繰り返した。
 本当は、伝えたくてたまらないから。

「――お前といると、飽きないな」

 それとなく、想いに気付いてくれないことへの皮肉を込める。

「そう?」
「お前といると、今まで感じたことがないものを感じて、自分が新しくなっていくみたいなんだ」

 俺なりに試行錯誤した、境界線ギリギリの言葉たちは、彼に届いているのだろうか。
 彼は、静かに笑みを浮かべた。
 何時もと少し違う、反応。

「それは良かった」

 問いただすことも出来なくて、俺は口ごもり、また静かに想いを馳せる。
 夕焼けは、深い藍に染まり始めていた。


企画「ひとこと」様に提出

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