鉛色の空、分厚い雲を仰いだ。
 抱えた少年の重みが、オレの両腕に沈んでくる。

「おい、プラシド。何してん――」
「ルチアーノ。行くぞ」
「はぁ? ……チッ、判ったよ」

 邪魔な二人は先に帰った。
 オレはただただ歩いた。
 歩を進めながら、腕の中の重みに視線を落とす。
 もう二度と開かれることのない目蓋が、閉ざされた唇が、血の気の無い肌が、少しずつオレの思考を蝕んでいく。



 無意識のうちに、口が動く。

「貴様は本当に愚かだ。あいつらに関わりさえしなければ、何も知らずに済んだのにな」

 オレは笑った。

「あいつらではなく、オレだったら! 貴様を苦しめることなく、貴様の望む場所へ帰してやったのにな! 本当に哀れな奴だ」

 湿った草の上に腰を下ろす。
 は、緑が好きだった。
 緑がないと人間は落ち着かないのだと豪語し、よく公園に来ていた。
 幸運を運ぶ四つ葉のクローバーを見つけたとか言って、大はしゃぎしていたこともあった。
 オレにそのクローバーを差し出しながら、は笑った。

『良かったな、プラシドもこれで幸せになるぞ』

 幸せも迷信も、オレには全く関わりのないものだ。だが何故か捨てるのも憚られた。何も言わずに頷いて受け取った姿は、自分でも滑稽だった。
 手を土で汚しながら必死に見つけたそれを、どうしてお前はオレに渡したのか。
 結局答えて貰えずじまいだ。
 を抱え直す。まるでオレに凭れるような躯に、胸中で何かが込み上げた。
 の顔を汚す血を拭ってやる。口の端についたものはこびり付いてなかなか取れなかった。

「運が悪かったなあ、

 真っ白なの頬を撫でながら、呟く。
 無垢な瞳で、何の躊躇いもなくオレに歩み寄ってきたせいで――。
 ――そう言えば、剣は何処に置いてきてしまったのか。の血がこびりつく前に拭かなければ、切れ味が鈍ってしまう。
 機械的に考えながらも、体は動かない。得物のことなどどうでも良かった。

――――!』

 今も耳の奥で、木霊するあの男の声。
 くつくつと、喉の奥から笑いがこみ上げてくる。

「見事だったなぁ、不動遊星のあの叫び! 絶望の眼差し! 己の無力さに歪む顔! 全ては貴様のお陰だ、なあ、! 貴様は不動遊星にとって、それはそれは掛け替えのない存在だったのだろうな! 、貴様の愚かさが、不運が、あの男の心を挫くためにどれほど役立ったことか!」

 曇天の空に、オレの笑いが響く。
 ぽつり、ぽつり。
 遂に機嫌を損ねた空から、雨が降り始める。
 瞬く間に激しさを増していくそれは、一瞬でオレとを濡らしていった。
 それでもオレは叫んだ。

! 雨だ、雨だぞ!! 貴様は雨も好きだったな、草木にとっては恵みなのだから、嫌っては可哀相だと言っていたな!」

 答えない。
 は答えない。

「だがオレはこんなもの、大嫌いだ! 何が恵みだ、草がどうした! そんなものが何の足しになる!? ……止め、早く止め! 早く止まなければ、これ以上の体が冷えては、オレは!」

 オレはどうして、こんなに焦がれている?
 何故、自分の手でお前を殺めたことを悔やんでいる?
 どうしたのだ、これは。
 ――貴様は死んだ。
 オレの手で、呆気なく。
 しかし貴様は笑って死んだ。
 笑って逝った。
 ――貴様のせいだ。
 貴様が笑ったせいで、オレの思考回路は壊されてしまったのだ!



 馬鹿だと、笑えば良い。

「何が恵みだ」

 何も知らない愚かなお前の、しかし愛しくてたまらないあの声が聴きたい。
 オレを見ても臆することの無かったお前の声を。
 無邪気に迷信を語り、思いを語り、オレを黙らせた声を。
 言葉をかけろとは言わない。
 何時ものように、馬鹿の一つ覚えのように顔を緩ませればいい。
 声を聴かせてくれ。
 さあ、だから、笑え。

「こんなに強い雨では、花など折れるぞ」

 抱き締めたの骸は、痛いほどに冷たかった。

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