さっき買ってきた雑誌を読みながらミスティさんの美しさににやにやしっぱなしの俺に、ブルーノが話しかけてきた。

「ねえってお菓子作れる?」
「おーそりゃ出来るよー。前にバイトしてた時に店のお菓子がんがん作り置きしてたからね俺」

 ミスティさんの美しさに時めきながらも、俺はしっかり返答することを忘れない。グラビアに夢中のエロおやじ扱いされたくはないからだ。

「じゃあ慣れたものなんだ?」
「慣れたものっつーか、レシピどーりやってりゃ大概は無難に出来るべ」
「じゃあさ」

 ブルーノは、とても爽やかな声で俺に言った。

「バレンタインなんだし、お菓子作ってよ」



 ――なん、だと。



 振り返った俺の視界に、眩い笑顔のブルーノが映る。刹那、どこからともなく何時ものメンツがなだれ込んできた。
 どうやって、何処に、いつから待機してやがったお前ら!

「ねえーオレあれ食べたいんだ、あの中身トロトロしたチョコケーキ!」
「フォンダンショコラよ、龍亞」
「なにそれぇ作り方わからん材料知らんぞよ!」
「作り方は遊星が調べてあるし、材料はクロウが買ってきてくれたわよ」
「待て、待てアキちゃん、っていうかみんな、そしてお前ら! バレンタインって女の子がこう、男子にプレゼントしてくれるんじゃないの?」
「本来は男が女へ贈り物をするのだぞ。そのくらいも知らんのか
「ジャーック! それは判ってる! だがしかしそれが、何故俺が菓子作らされることと繋がるんですか!? そしてジャックに言われるのなんかムカツクッ! プラプラほっつき歩いてコーヒー飲んだくれてるお前こそが日頃の詫び込めて皆に奉仕すべきじゃねぇーか! せっかく見つけた仕事もすぐ辞めて! 世界中の求職者に謝れよ!」
「なんだと!?」
「ジャックにんな器用な真似できねーだろ。出来たらオレも苦労しねえ」
「なにぃ!?」
「うーん、それもそうだな……。ごめんジャック」
「逆に魂を抉られる! 謝罪は止めろ!」
「まあ。良いじゃねーか、オレも手伝うからよ」
「いやクロウは休んでて働きすぎなんだから!」
「お、おう……」
「で、どうするんだ
「どうって、どうって……! うあーもう判ったよ! もういいよ! 一万歩譲るよ! 作りゃいんだろ! 判りましたよ! ほら遊星レシピ貸して! プリーズ! みんな仲良くそこいらで待ってろー!」

 心の広さには自信のある俺もさすがにこの流れには納得しかねる。しかしだ、聡い俺には判るのだ。俺がいくら訴えようと流れは……結果は、変わらない!

「作ってやるからには残さず食べるんだぞっ!」

 指差しとともに高らかに宣言し、俺は台所へと向かった。
 真面目にレシピとにらめっこしながらチョコラだかショコラだかをフォンダンさせる作業に取り組んだ。思ったより手間の掛からないメニューだなフォンダンショコラ。
 作ってると尚更思うよ。野郎が作るチョコなんかより、アキちゃんや龍可が一生懸命作ってくれるチョコのが絶対ときめくし食べ甲斐がある。

「材料は足りているか?」
「あれ俺待ってろって言ったのに何で遊星が?」
「クロウが“代わりに手伝ってきてやってくれ”と言ったんだ。自分が行ったら追い出されるだろうからと」
「なるほどなーサンキュー」

 物凄く柔軟に対応したものの、俺は内心かなり動揺していた。アキちゃんのチョコ食いてーとかバカ考えてたらいつの間にか真横で男が突っ立ってたんだよ? 唐突すぎてビビらない奴いないよね?

「じゃあ生地用のチョコレート刻むのお願いするわ」
「判った」

 にしても遊星だって色々あって疲れてるんじゃないのか? というかアキちゃんと龍可からチョコレート貰ってんじゃないのか? わざわざ俺が作る菓子食べる必要ないだろ。……最後は遊星に限らずみんなに言えるけど。などと、俺が思考を巡らせた時だった。

「すまない、
「へ?」

 遊星の唐突な謝罪に、俺は止まった。ぽかんとした顔のまま、遊星を見つめる。遊星はチョコレートを刻む包丁の手を休めることなく続けた。

「俺は正直、バレンタインとか、イベントごとはよく判らないんだ。だが……大切な人と過ごすことの意味や価値は判るつもりだ」
「う、うん?」
「理由は何でも良かったんだ」

 いまいち的を射ない。首を傾げる俺に、遊星は手を止める。そして、笑った。

「俺は……俺たちは、との思い出が欲しいんだ」

 びっくりした。最初に感じたのは恥ずかしさだったけれど、俺はすぐにその意味を理解して、ああ、と声をもらした。

「少し強引なやり方だったかもしれないが、は優しいからきっと俺たちの頼みを聞いてくれるだろうと思った。だから密かにこの日の用意をしておいた」
「本当に周到だったな……」

 俺、そういえば違う世界の人間だった。遊星たちといるのがあまりに当然なことになっていて、たまに忘れてしまいそうになるけれど。――どちらが本当にいた場所か判らなくなりそうなくらい、楽しい場所なんだ。
 しんみりしかけた俺に、遊星がぽつりと呟く。

「それにの作る菓子は無難に美味しい」

 ちょっと余計な言葉がついてんぞ。
 雰囲気的にも、“無難に”のところは伏せて欲しかった。
 しかしあまりに遊星らしかったので、ツッコミもせずに俺は笑って流したのだった――。


 かくして遊星と共同で作り上げたフォンダンショコラは、無難な出来上がりとなった。
 それでもみんなは…特に龍亞は「おいしい」と大層はしゃぎ、ご満悦であった。味にうるさいジャックでさえ「なかなかの出来ではないか」とか気をきかしたコメントをしたのである。
 アキちゃんも龍可も、クロウもブルーノも、みんな楽しそうにしていた。

『俺は……俺たちは、との思い出が欲しいんだ』

 あの遊星の言葉を、裏付ける姿だった。
 とっくに冷めたはずのフォンダンショコラを口に含めば、どうしようもなく胸の奥が熱くなる。
 うっかり俯いてしまった俺の静けさに気付いたのは、隣に座る遊星のみ。



 ぽん、とひとつ背中を撫でられた。ますます俺は顔を上げづらくなる。明るくて飄々とした俺のキャラクターを、遊星はあっさり崩壊させてしまう。勘弁して欲しい。
 ユーモアたっぷりに乗り切ろうとした俺に、遊星は更に追い打ちをかける。

「今日はありがとう」

 それはこっちの台詞だよ。心の中で、そう返す。
 ――俺はバカだ。
 何だかんだで皆に流される状況を、内心喜んでいることに今更気付いた。
 改めて食べるフォンダンショコラは、無難に美味しかった。

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