――とあるレストランの個室。
は無表情で椅子に座ったまま、微動だにしなかった。
目の前には、品の良さそうな男女が一組。女性は、ニコニコとに笑い掛けながら口を動かしている。
「ね、。父さんも母さんも心を入れ替えたのよ」
「そうですか」
は一瞥もくれずに短く返す。女性は、一瞬顔を引きつらせたが、また気を取り直し、話し続ける。
「もう一度、一緒に暮らそうじゃない。私たちは家族なんだから」
「ドラマみたいな素敵な台詞ですね」
「ふふ、そうでしょう?」
は、眉一つ動かさず、ふたりを見ようともしない。
「……まあ、今更どう繕ったって、俺は貴方たちの所に行くつもりはありませんけど」
声音もらしからぬ、淡々としたものだった。
遂に女性が痺れを切らし、目をつり上げる。がたんと音を立てて椅子から腰を上げると、を睨み付けた。
「子供は親の言うこと聞いてりゃいいのよ! 産んでやった恩も忘れて、何様のつもり!?」
今までの猫撫で声とは打って変わった罵声を発し始めた。
はふうと溜息を吐く。
「俺のことを“要らない”って言い出したのは貴方でしょう。体の弱い姉さんを甲斐甲斐しく世話する自分に酔っててさ。その姉さんのことすら毛ほども理解せず自分の考え押し付けて追い詰めたくせに」
「親を馬鹿にするの!?」
「ああ、俺でも一応子供だから、お金貰えるか。養育費とか、保険金とか」
女性は、グラスを引っ掴むとに投げ付けた。しかしはそれを避ける。グラスは床に落ち、綺麗に割れた。
流石に黙っていた男性も立ち上がり、女性を慌てて止める。
「やめろ! が怪我でもしたらどうする?」
「あら、今更父親風吹かすの? 自分の会社の跡継ぎが欲しいからって下心丸見えじゃない! どうせあんなぼろ会社、すぐ潰れるわよ!」
男性は一瞬で顔を真っ赤にした。今にも女性に手を上げそうな勢いだったが、ぐっと食いしばる。そして、女性を押さえ付けるようにして椅子に座らせた。
気を取り直すようにして、男性はに向き合った。
「……。学校は楽しいか?」
「……」
「何か不便は無いか? 友達もできたろう?」
は沈黙したままだった。男性はそれでも、諦めずにに話し掛ける。
「一人暮らし、大変じゃないか? 祖父さん祖母さんとは……」
「止めろ!」
不意には声を荒げた。ぎっと男性を睨み付けると、荒い声のままに叫ぶ。
「お前に、祖父ちゃんや祖母ちゃんの話をする権利はない! 二人が汚れる!」
「な……」
「俺を育ててくれたのは、あの二人と姉ちゃんだ。お前らなんか親じゃない!」
その言葉に、男性は遂に声を荒げた。
「俺だって、お前みたいなのが子供だと思われたくない! そんな格好して、情けないとは思わんのか!?」
「なら放っておいてよ! 一度捨てたもんだろ、俺は!」
「仕方ないだろう! ○○はもういないんだから!」
「お前が姉ちゃんの名前を口にするな!」
更にまた女性も立ち上がり、言い合いに割り込んで来る。
「、全部あんたのせいなのよ? なんで○○なの、なんで死んだのがあんたじゃなかったのよ!」
「俺に判る訳ねえだろ、そんなのっ!」
の声が濁った。ふっと俯き、二人から視線を逸らす。
「腹の中にいる時から邪魔だった、今はもっと邪魔! ああもう、なんであんたなんか産んだのかしら!」
「お前、言い過ぎだぞ!」
「何よ、“自分はに親切です”みたいな顔して。○○との心臓を交換できたら、このタイミングで男の子は要らない、って言ってたのはあんたでしょ!」
ヒステリックに叫ぶ女性の頬を、男性は遂に叩いた。
更に女性は金切り声を上げ始め、男性を罵る。男性も対抗するように叫ぶ。
もう二人の目には映っていなかった。
小さな溜息と共に、は席を立つ。
個室を出ると、ドアを背に深い呼吸をした。
「……言われなくたって、判ってるよ」
はその場にしゃがみ込んだ。膝を抱えて、掠れた声で呟く。
「何で、消えんの、俺じゃなかったのかなぁ……」
縮こまった背中は、が嗚咽するたびに震えた。
「姉ちゃん、ごめん……。ごめんなさい……」
謝り続けながら、両親の言い争いを背後に、は泣いた――。
◆◆◆
それが、今回の扉がもたらした過去の映像だった。
皆がを見つめる。
は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「はは、なかなかの美男美女でしょ、俺の親」
「……」
気遣うような真田の声に、は苦笑する。
「この後、しばらく街ん中フラフラしてて。そしたら、なんと影時間突入。まあそらぁ、ビックリしたさ!」
「クゥーン……」
「ん、コロマル? 心配してくれてる?」
寄って来たコロマルを、は抱き上げた。鼻を鳴らして擦り寄るコロマルを撫でるうち、瞳が潤んでいく。
そんなの様子を見て、真田は不機嫌丸出しに眉を顰めた。
「何の意味があるんだ、こんなものを見せられて……っ!」
「ですから、恐らく何らかの共通点が……」
口を開いたメティスを、真田はギッと睨み付けた。怯えたように言葉を詰まらせる彼女を庇うように、アイギスは間に入る。
「真田さん、メティスを責めないであげて下さい」
「……判ってる」
真田は顔を逸らし、に歩み寄る。順平もまた、の空元気を察して彼に駆け寄った。
「、オマエも豪快に怒鳴るんだなー。改めて逆に安心したぜっ」
「順平、お前、何を呑気な……」
「オレとぐらい悪友になっちまうとこんぐらいがいいんス! マジ話は男同士腹割って話せるときに話すってね!」
順平に肩を組まれて、はコロマルを抱えたまま笑っていた。
それを見つめていたメティスは、不思議そうに瞬きする。
「……あれは、慰めてるの?」
「え? ああ……そうね」
アイギスは小さく笑った。
「順平さんも真田さんも、さんとは仲が良いから。男同士、特別ななにかがあるのかもしれない」
「私にとっての姉さんも特別です!」
「あ、ありがとう。……でも、それが判るなら、きっと判るわよね」
アイギスは改めてメティスに向き合った。
「さんのあの過去は、苦しいもの。だから、さんが過去を見て辛そうにしていたのが、真田さんたちは嫌だったの」
「でも、さんは笑ってましたよ?」
「さんは、辛いも悲しいも、なるべく出したがらないから。だから常に笑うの」
メティスは目を細めた。納得いかなそうではあったが、小さく頷いた。
(皆さんのことを話す姉さんは、楽しそう。楽しそうな姉さんを見るのは、好きだけど)
――自分だけ、のけものに、されてるみたい。
メティスは俯いた。
ふと、自分に影がかかるのを感じて顔を上げた。ふてくされたメティスの目の前にいたのは……だ。
「さん……?」
「悪いな。びびらせちったでしょ?」
「いえ、別に、私は……」
「まぁ、気にするなよ」
はぽんぽんとメティスの頭を撫でた。
メティスは目を丸めてを見つめる。は何も言わずに踵を返した。
「変な人です……」
――さっきまで落ち込んでたひとに、慰めてもらっちゃった。
「それにしても……どうしてさんのお姉さんの名前は何故聞き取れなかったんだろう」
メティスは言い表せそうにない感情を覚え、複雑に顔を歪めたのだった。
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