奏夜からテオの案内を託されたは、静かにテオを先導するように歩き始めた。
 テオの希望した観光スポットの書かれたメモを見つめながら、は観光時間と巡り方をひたすら脳内でシミュレーションし続ける。

「始めに言っとくね、テオ」
「はい」
「かなりの強行軍なスケジュールで行くからな。各所の目立つとこをサラッと、ズバッと! 他にも気になる場所が出たら、また次回のご案内ね」
「次回ですか」
「テオとさんは映画祭りの時から友達なんだから、また今度遊ぶついでに詳しく巡るのもアリでしょー!」

 楽しみが無くなっちゃうじゃんけ、とは笑う。しかし尚も「次……」とテオはぼやく。余程残念なのか、しかしその割には嬉しそうに輝く瞳。どっちなのだろう。
 イケメンの考えることは判らん。
 モノレールに揺られながら、はじっとテオを見つめていた。
 しかし本当に“イケメンの考えることは判らん”とが叫びたくなるのは、ここからだった。

「階段が……動いていますね」

 まずその1。なかなかエスカレーターに乗ろうとしない。エスカレーターが嫌ならば階段を使えば済むことなのだが、テオの目は流れ行くエスカレーターに釘付けで微動だにしない。
 人目も気にせず突っ立つベルボーイに、失礼は承知では言った。

「そりゃエスカレーターだからね。知らないのかい?」
「し、知っていますよ」
「いや、その割に乗るタイミング掴めてないっしょ……」

 見かねたがテオの手を掴む。

「ほら、一緒に乗ろう」
「そ、それはいけません!」

 何故かテオは必死に抵抗した。以前をエスコートしてくれた彼の人柄から察するに、エスコートするのは構わないがされることはあってはならない……などと考えていそうだ。

「じゃあ階段行くか」
「それもなりません!」

 意地でも彼はエスカレーターに乗りたいようだ。の手をしっかり掴み、真剣そのもののベルボーイの瞳がを見据える。

「い、行きますよ! ほら、足元にお気をつけて」

 ようやく踏み出したテオと共に、エスカレーターへと足を下ろす。緩やかに下降していくエスカレーターを見つめ、テオは小さく呟いた。

「遅い……ですね」

 心底残念そうな声だ。エスカレーターに一体どれほどの期待を抱いていたのか。やたらおかしくて、は必死に笑いを噛み殺して耐える。今笑ったら、テオが拗ねる気がした。
 エスカレーターが一番下に到着し、二人は揃って地面に降りた。
 さっきまで難しい顔をしていたテオが、フッと得意気に笑う。

「容易ですね」
「げほっ!」

 は込み上げる笑いを殺しきれず、一人でむせた。
 巌戸台商店街に着いても、美形ベルボーイの新鮮かつ斬新な反応たちは止まることを知らない。行き交う人々や生活感溢れる喧騒に興味津々だ。キョロキョロと辺りを見渡し、その賑やかしい街の情景に瞬きしている。

「随分賑やかですね」
「ちょうど下校時間だし、食べ物屋も多いしなあ。いい匂いだらけで放課後のココは誘惑の街だよー」

 呑気なの説明に、ハッとテオが目を見張る。

「誘惑の街……まさか」
「あくまで表現で御大層なモンは無いぞ? 何が“まさか”か判らないけどフツーの人間が住むフツーの街だぞ!?」
「フツー、でございますか」

 何かテオが壮大な勘違いを膨らませてしまう前に、は切り捨てた。しかしながら、テオに“フツー”と言ってもあまり効果が無いように思える。いまいち彼の反応や言動は、普通のごく一般的なそれらに比べて非日常的というか……何もかもがまるで初めてのこと、という様子だった。映画祭りの作法の時も、今も。

『エリザベスたちは、まだこのあたりに来たばかりで、色々と初めて触れるものが多いんだ』

 奏夜の声がフラッシュバックする。
 ――新鮮な反応の全てが“来たばかり”で片付けられるのだろうか? それにしては余りにも、彼はこの日常に不慣れ過ぎないか?

(やっぱり王族でお城に幽閉されてて最近自由になったとかかもしれん!)

 奏夜がどうして王族とコンタクトをとる羽目になったかまでは考えが及ばない。しかし影時間やシャドウなんかの存在よりは、よほど現実的で真っ当なのではないか。
 そうが考えに整理をつけた時、テオが駆け出していた。イケメンベルボーイの突飛な行動・その2だ。

「ちょっ、テオー!」

 慌てても彼の後を追いかける。テオは素早かった。しかしよく目立った。ついでに走り出したもののそこまで遠くない場所で立ち止まってくれたお陰で、さして苦労することなく、は彼に追いつくことが出来た。
 テオはたこ焼き屋の前に立っていた。たこ焼き屋から漂う香ばしい香りは、の腹の虫を刺激する。腹が鳴る前に腹筋に力を込め、は耐えた。

「いらっしゃ~い。うちのたこ焼き食べてってーや~。美味しすぎて、ほっぺた落っこちてまうで~」

 穏やかな女性店主の呼び込みを聞いたとたん、テオは青ざめた。

「ほっぺたが落ちる……!?」

 わなわなと肩を震わせながら、彼は溢す。

「それは……非常事態じゃないか……!」

 は踞った。無論、笑いを堪える為である。急に縮こまったを見て、「様!?」とテオが血相を変えた。

「まさか、あの“ほっぺたが落ちる”という非常事態に怯えてらっしゃるのですか……!」

 テオがあまりにも親身かつ優しく肩を掴み呼び掛けてくるものだから、の笑いはなかなか収まらない。はふるふると首を振ってテオに返す。

「ち、違ぇ……! これ以上笑わせないでくれぇ……!」
「恐怖のあまり気が動転し笑いが込み上げてしまわれたのですね……。深呼吸です、様」
「だから……そうじゃないんだよぉ……!」

 この状況を打破するために、震えながらが取り出したのは財布であった。こうなったら、実際にたこ焼きを食べた方が話は早いはず。

「ほ、ほっぺた落ちないから……。とりあえずたこ焼き食おうや……!」

 の提案に、テオは目を細めた。その眼光は些か鋭い。

「それは私に対する挑戦ということでしょうか? まさかその笑いも、ほっぺたが落ちる恐怖の余りに沸き上がったのではなく、私を見くびってのものだと……」
「いや、見くびる見くびらないじゃなくてさ」
「判りました。その挑戦、受けて立ちましょう」

 何やら臨戦態勢になってしまったテオに、は苦笑混じりに溢す。

「飽きないなあ、テオの反応……」

 テオはきびきびとした動作でより早くたこ焼き屋に向かい、1パックのたこ焼きを購入して戻ってきた。どうやらお金を持っていたらしい。すっかり奢るつもりでいたは、やや呆気に取られつつ財布をしまう。

「さあ様。共に食しましょう」

 はテオに促されるままに、屋台横にある長椅子に腰を下ろした。
 隣に座るテオは、じっとしばらくたこ焼きを見つめていた。心の準備か何かをしているのだろう。気長にが見守っていると、遂にテオは意を決し――たこ焼きを口に放り込んだ。
 ホカホカのたこ焼きの熱さに最初こそ顔を歪めていたものの、次第に口のなかに広がる豊かな風味が彼の顔を輝かせた。

「これは……なんと美味な……」
「ここのたこ焼きは最高だからな! ほっぺたが落ちるってのは比喩だよ、比喩。実際にほっぺ平気だろ?」

 笑いながらがテオの頬をつつくと、ハッとしたようにテオも自身の頬を撫でる。無事に何事もなく存在する頬の感覚に安堵したテオは、胸を撫で下ろしていた。
 純粋な彼の反応に、は更に笑みを深くする。しかし――、

「私は平気でも、様は違うかもしれません」
「はぐぅ!?」

 間髪入れずにテオが、大笑いするの口にたこ焼きを突っ込んできたことにより、は動転してしまった。

「あっ、あふっ、あひー!」

 灼熱のかたまりは口内を暴れ、その素晴らしいダシの効いた生地、タコらしき何かを筆頭とした具材たちのコラボレーションを味わう余裕をが取り戻すまで、数十秒を要した……。
 ホッとがたこ焼きを飲み下したのも束の間、今度はテオの手がの頬を掴んだ。いや、そんな生易しいものではない。少し痛いぐらいに、つねられた。

「でっ!?」
「申し訳ありません。ほっぺたの無事を確認させていただきました」

 恭しく、少し頭を傾げながらテオは笑う。「痛かったですよね」申し訳ないと言ったわりには、悪戯に成功した子供のように爽快な表情に見えた。
 はいろいろ言いたいことを、そのテオの端正な容姿をじいっと恨めしそうに見つめることで飲み込んだのだった。
 テオは生き生きと、見ている側からしても心底美味しそうな様子でたこ焼きを味わっていた。ほっぺたが落ちる心配もなくなり、本当に嬉しそうである。
 その食べっぷりたるや、たこ焼き屋の店主がストラップをプレゼントしてくれたほどであった。

「可愛らしいですね」

 貰ったばかりのたこ焼きストラップを指先で摘まみ上げ、じっくり眺めつつテオは呟く。

「あなたと過ごした記念品……ということになるのでしょうか。困りましたね」
「え?」

 思わずが首を傾げると、テオはを見つめて、こう続けた。

「大切なものが出来てしまいました。……様のせいです。だから、これは差し上げませんよ?」

 耳に心地よく、甘い響きを伴った低音の声。
 同性であることなど何ら意味がないのだと知らしめるような、人並み外れた美しい顔に浮かぶ微笑み。
 は、柄にもなく赤くなりそうになるのを――それこそまるで乙女じみた感情で――、必死に押さえ込んだ。
 テオはまだまだ遊び足りない様子で、の葛藤など知らぬまま「さあ様、次の観光に向かいましょう」などと語りかけてくる。
 ――しっかりしよう、俺!
 ぐっと気合いを込め直し、はテオの要望に頷き返した。

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