は、テオの突飛な行動や、さすがイケメンと思わざるを得ない振る舞いなどのカウントを早々に諦めることにした。
同性である自分ですら――エスコートの件といい、テオは恐らくを女性と思っているだろうが――こんなにドギマギさせられてしまうのなら、異性であればどれだけテオの言動に心揺さぶられることか。甘酸っぱい恋がスタートしても可笑しくはない。
(ああ、これはアレだ。芸能人やモデルを“かっこいい”っていうあの感じにそっくりだな)
憧れというか、羨望というか。同じ男として“一度はこんな風に格好よく決めてみたい”と思うような、あの感覚。
見た目は完璧な美男子なのに、中身は好奇心旺盛で世間知らず故に世話を焼きたくなるというギャップの差も、またテオの魅力を引き立てているのではないだろうか。一体何を食べてどう育てばこんな男性に育つのだろうか。
――これが格の違いというヤツか……!
長鳴神社への階段を上りながら、は、痛感した。もうどんな順番でどんな風に街を巡るか、などという計画は抜け落ちている。テオの道程を遮ったり水を差さないようにしつつ、約束の時間までにポロニアンモールに戻り、奏夜たちと無事に落ち合えるよう善処するのみだ。
「神秘的であらたかな気配ですね」
神社を見渡しながら、感心したようにテオは呟いた。
「ほら、あなたの後ろにも……」
「えっ!?」
含みある笑みを浮かべるテオに、はぎょっとして肩を跳ねさせた。背後を確認するか否か真剣に悩みつつ、遂には硬直してしまう。
そんなの反応を見て、テオはぷっと小さく吹き出した。
「ちょっとした冗談ですよ。そんなに怯えないでください」
「テオのは冗談に聞こえないんだよぉ! 迫るもんがなんかある!」
「それは失礼しました」
半泣きのの抗議は、更にテオを喜ばせるのみだ。
――全くこのベルボーイは、上手も上手過ぎる!
だからと言って、やられっぱなしは性に合わない。ちょっは“お返し”が出来ないかと考えつつ、ただただテオを見つめ、その背に続く。
賽銭箱を前に、テオは意気込んでいた。
「まずは参拝をするのですよね」
「そうだね」
自身、参拝の作法は詳しくないため、同意するだけに留める。
「まずは、この木箱に硬貨を入れ……」
テオは呟きながら、賽銭箱の真上で自身の財布を引っくり返した。瞬間、は目を剥いた。
ジャラジャラ、というよりはドサドサと、箱を揺るがさんばかりの大量の硬貨が投入されていくではないか。その小さな財布に一体どう収納されていたのか、それともには見えないスピードか手品で次々と財布を取り出しているのか……。原理は全く判らないが、凄まじい光景だ。
「えっ、ちょっ、テオ! どうなってんの!? てか賽銭箱溢れるって!」
「そして間髪入れずに紐を振り回し……」
「うおおお! うるっせえええ!」
何の遠慮も無く引きちぎれんばかりにテオが紐を振り回したため、ガシャンガシャンとけたたましく鈴が鳴り響く。ついでに、の声は全く聞こえていないようだ。両手で耳を塞いでも、この至近距離では然程意味がない。
自分達以外誰もいなくて良かった。しかし一体いつまでこれが続くのか、鈴たちが千切れやしないか……と、が不安を覚えた頃、ようやくテオは紐を放した。
「最後に、願いを叫ぶ……」
それまで淀みなかったテオの言動が、不意に途切れた。「願い……?」眉を寄せて、困ったように俯いてしまう。
「どした……?」
はそっと手を下ろし、テオの顔を覗き込んだ。困り顔のまま、彼は答えた。
「願いが思い浮かばないのです……。しかし願いを叫ばないと不作法なのも事実……」
は、テオと共に悩み始めた。ううん、と腕を組みながら唸り、ぶつぶつと呟いていく。
「願いなぁ……。お金はいっぱいあるみたいだし、そんだけイケメンなら願わずともモテるだろうし……。たんまり走っても息ひとつ乱さないってことは運動神経も良さげだし……。何か気になることとか無いの?」
「気になることですか」
訊ねられ、テオは瞬きした。その黄金色の瞳がを見据え、じっと動かなくなる。僅かな沈黙が二人の間を満たしたのち、ベルボーイはフッと笑んだ。
「ああ、そうだ。あなたの無事を願うことにしましょう」
「え? な、何でまた?」
「色々と様は大変でしょうから」
正直はひやっとした。タルタロス探索やシャドウ討伐の日々は決して楽なものではない。学業との両立もなかなか辛かった。だが、そんな非現実下の出来事をテオが知るはずがない。
(そんなに苦労しているように見えるのかな、俺……)
遠い目のを、テオはじっと見つめていた。何か言いたげである。
は首をかしげた。
「どうした、テオ? お参りやめるの?」
「……聞かないでいてもらえますか?」
「え?」
思わずが聞き返すと、テオの頬に僅かばかり朱が差した。
「何故かその、落ち着かないのです」
「……なるほど、りょーかい」
頬を綻ばせながら、は両手で耳を塞ぎ、テオに背を向ける。これでも叫ばれては幾らか聞こえてしまうが、何もしないよりはテオも落ち着くだろう。
……テオは叫ばなかった。お祈りは小声で済ませたようだ。そしては、テオに「もう大丈夫です」と肩を叩かれたときにハッとした。
「あのさ、テオ……」
「なんでしょう?」
「完璧な作法は知らないけれど、その……願い事は叫ぶんじゃなくて、こう、心の中でお願いするだけでも良かったはず」
の指摘に、達成感に満ちたテオの笑顔は霧散した。酷く無駄なことをしたような落胆を滲ませつつ、恥ずかしそうな顔で彼は愚痴る。
「叫ぶ必要はないのですか。……それならそうと……」
だがしかし彼の思考は次なる興味に向かって逸れた。
テオは、神社の片隅に作られた遊具たちに瞳を輝かせ、を振り返った。
「あの、先程から気になっていたのですが、これらの建造物はひょっとして……」
遊具に歩み寄り、上から下まで丁寧に眺め、時にはそっとその表面を撫でながら、彼は冷静に分析する。
「鉄、チタン、木材……。……家、ですか?」
冗談かと思ったが、その割にテオの眼差しはいたく真剣だ。じっと返答を待つ彼に、はゆっくり首を振って答えた。
「家じゃなくてね、これはみんな遊具……。えーっと、遊ぶためのものだよ」
「遊ぶ……!? どのように使うのですか!?」
テオの瞳の輝きが途端に増した。が“じゃあどれからにしようか”と問うよりも早く、ベルボーイは駆けていく。
滑り台の下にしゃがんだテオが声を上げる。
「こ、こうでしょうか? そして……」
ブフッとが盛大に吹き出し、答えられずにいる合間に、テオは鉄棒に向かっていた。何を思ったのか、そしてどうやっているのか、彼は何と鉄棒の上に立ってみせた。
「こうですね!」
自慢気なテオの姿に一瞬呆気に取られる。しかしすぐに彼は我に返った。血相を変えてはテオに注意する。
「ち、違う違う! 危ないから降りて!」
「確かに、バランスが取りにくいですね……」
「いやだから、鉄棒は乗るんじゃないんだよー! 落ちて怪我したら大変だから!!」
「は、はい」
の剣幕にテオは気圧されるようにして鉄棒から飛び降りた。なんとも軽やかな着地である。
テオは、を宥めるように、柔和な笑みを浮かべてこうつぶやいた。
「あくまで……こういった方法もあるのですよ、というお話だったのですが……。驚かせてしまいましたね。申し訳ございませんでした」
――いや、遊び方知らないって話していたよね!?
の胸中では衝撃が一回りし、脱力感へと変わっていた。しかしテオが鉄棒から降りてくれ、危険が去ったことには変わらない。
ホッと胸を撫で下ろしたは、テオに正しい遊具の遊び方を教えることにした。
「滑り台は、ここを上がって……こう滑るの!」
「なるほど、なかなかのスピード感ですね」
「お尻が汚れるのは難点だが、結構楽しいだろ?」
「はい、初体験です」
「んでもって鉄棒は、こーやって掴んで……ぐるんっと! 今のが前回りな」
「様、そのお召し物ではその……」
「大丈夫! スパッツ着用だから! それで、これが……逆上がりっ!」
「おお……」
「あとジャングルジムは――……」
テオに教えるつもりが、途中からは自身が童心に帰り、遊具を楽しみ始めていた。
そんなの姿すら、テオは嬉しそうに見つめる。そして、賑やかな学生の手解きに倣い、テオも存分に遊具を楽しんだ。
「なかなか楽しいだろ、この公園も」
「はい、とても素晴らしいものばかりです」
「じゃあ……」
一通り神社の案内を終えたが、携帯電話を取り出して時間を確かめる。
「そろそろモールに行くか。あそこも見るもの沢山あるぞー」
「期待に胸が躍ります」
テオの声音からも、その期待ぶりが窺える。
「……よっしゃ、次いきますか!」
が満面の笑みを浮かべ、テオもまた、涼しげな微笑で応じた。
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