天田は固まっていた。
風花に頼まれ、部屋までを呼びに来たのだ、が。
どうにも取り込み中のようである。
「っ、や、待っ……!」
閉まりきっていないドアの隙間から、の悲鳴に近い声が聞こえる。
「じっとしてろ」
続いてぶっきらぼうな声がした。
これは、荒垣さんの声だ……!
天田は慌てた。
「でも、痛……い、っ」
「このままの方が痛いに決まってんだろーが」
「あ、荒垣さん……俺にも心の準備が……あっ、触んないで!」
が抵抗しているのか、物音がする。
衣擦れや、何か転がったりするような、様々な音。
(こ、これは……さんが襲われてる!?)
天田の気はすっかり動転していた。少年は口をぱくぱくさせながら、どうしたら良いのかと精一杯に思考を巡らせていた。
非力な自分が飛び込んだところで助けられるだろうか?
まず、こんな現場に飛び込む勇気が自分には無い……!
しかし、このまま見過ごす訳にもいかない。
「いっ……! 本当に、やっ、止め……」
「俺は別に構わねえが、放置しといて辛い目見んのはテメェだろ」
「そうだけど……」
物音が止む。
が懐柔されたのだと天田は悟った。
普段からは荒垣に懐いているようだし、なんら不思議では無い。けれど、この状況でそれはまずい。
――さん! 食べられちゃいますよ!
そんな天田の叫びは喉元でつっかえ、形になることはない。
「あまり強張ってっと逆に痛ぇぞ。意識するな」
「そ、そう言われても……」
「……チッ、仕方ねえな」
「ふぐっ!?」
何か音がした。
の声が詰まる。
「んっ!? ん~~~!!」
そして、詰まったままの声では叫んでいるようであった。何かを口に詰め込まれたのか、噛まされたのか。
間に合わなかった……!
天田は自分の力不足を嘆いた。そして一部始終を聞いてしまった羞恥心と罪悪感に、泣き出しそうだった。
(――いや、逃げちゃ駄目だッ! まだ助けられるッ!)
決心した天田は、キッと顔を上げた。
勇気を振り絞って、ドアノブを握った。
「さんっ!」
勢いよく飛び込んだ部屋にいたのは、確かにと荒垣だった。
は縫いぐるみを片手で抱き締め、顔を押しつけて、荒垣に凭れている。そんなを受け止めるように荒垣は向かい合っていて、の右手を握っていた。
しかし、どうにも様子がおかしい。少なくとも天田が予想していた“そういう”現場には見えない……。
「……な、何があったんですか」
天田が口を開くと、が涙ぐみながら顔を上げた。
「ミシンで、指縫っちゃったんよ……」
「え」
確かに、そばにはミシンの姿。
天田は呆然とした。
立ち尽くす天田に、荒垣はやはりぶっきらぼうな声で話した。
「こんの馬鹿、絶叫してたから来て見りゃ、指縫った指縫ったって喚いててよ」
「だって、指の脇が、肉が、縫い目が、糸が……」
「糸抜きゃ大丈夫だってのに、痛いだの怖いだの更に喚き始めてうるせえし」
「も、もうミシンなんて使わない……ううっ……」
じゃあ、全てそのやりとり? さんの声がくぐもったのも、痛みに耐えるために荒垣さんが押しつけた縫いぐるみ? 二人は別に、何を致そうとしていたわけでも無かったのか――。
呆然とする天田を他所に、と荒垣は話を進めている。
「良かったじゃねえか糸だけで。爪やらにぶっ刺さって針が残ったりしようもんなら病院だったぜ」
「なにそれこわい止めて下さい荒垣さん!」
「ほら、消毒してやっから下行くぞ」
を引き摺るようにして荒垣は部屋を出て行ってしまう。
ひとり残された天田は、言葉も無く立ち尽くしていた――。
◆◆◆
あれ? 天田くんどうしたのかな。
くん呼びに行って貰ったのに、降りて来たのは荒垣先輩とくんだ……。
「ね、くん。天田くんは?」
「まだ俺の部屋かな……いでで! 多分そのうち来るって! いだだだ!」
「うるせぇな、つつくぞ」
「やーめーてー!」
そっか……。
……まあ、いっか……。
後に下りて来た天田くんは、何故か赤い顔のまま、不機嫌そうにむくれていた。
何かあったのか聞いてみたけれど、「何でもないです」とむくれたまま、脱力しながら呟くばかりで。
よく判らなかったけれど、それ以上話してくれそうにもなくて、私は天田くんの機嫌がなおるまで待つことにしました……。
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