「あっやべっ! 130円しか無いし」
「あーあ可哀相に」

 手の平の小銭を見つめて凹む順平を哀れむかのように、奏夜は呟いた。

「何なら貸そうか?」
「いや、良いわ。ジュース飲んで我慢する」
のところ行けば良いじゃない」

 ゆかりの提案に、順平はふと思い返した。

「いや、確かにあいつんトコ行きゃ早いだろうけどさ……」



◆◆◆



 少し前のことだ。
 順平が財布を忘れて、昼食は抜きになろうとしていた時のこと。
 何を思ったのか、奏夜がに電話を掛けた。

「順平がご飯無いんだって。それだけ」

 短い電話の後、何故か廊下から小さなざわめきが聞こえてきた。何事かと順平とゆかりがそちらを見れば、が教室に入って来ていた。
 長い黒髪を靡かせ、こちらに歩み寄る姿は確かに綺麗だった。

「順平くん、お昼忘れたんだって?」
「え、ああ、うん」
「はい。あげる」

 とん、と順平の前に置かれた弁当。明らかに周囲の視線が、空気が変わる。
 それじゃあねと笑い、は教室を出て行った。

って、よく早弁するらしいよ。それで、変な時間にお腹減るから、弁当を2個用意するんだって」
「へ、へぇ……」
「最近は俺たちといるせいか朝からしっかり食べるから、一個余るんだってさ。だから電話したら弁当くれるかと思って」

 のんびり弁当を食べながら奏夜は話した。
 おかしそうにゆかりが笑う。

「良かったじゃない、順平。憧れの大和撫子サマ直々にお弁当渡して貰うなんて」

 おまけに、弁当は美味しかった。
 何とも言えない気分であったが、嫌では無かった――。
 それからたびたび順平は、から弁当を貰うようになったのである。



◆◆◆



「でも、あんまし世話なるのもわりーし。変な噂立っちまったら大変だしな」
「今更な気もするけれど」
「既に立ってるだろうに」
「いーの! ジュース買って来るわ」

 順平はひとり、自販機へと向かった。昼のラッシュは過ぎたのか、人もいない。
 気が楽で良いやと、自販機の前に立った。

「んー……どれが良いか」
「じゃあコレ!」
「えっ!? あ!」

 不意に横から伸びて来た手が、勝手にボタンを押してしまった。ガコンと音を立てて出て来たのは……いちご牛乳。
 振り返ればそこには、悪戯っぽく笑うの姿があった。

「さあさあ、買ったならお退き。俺お茶買うの」
「ったくー、人の全財産を……」
「てことはまさか、お昼これだけ?」
「あ……」

 視線を泳がせる順平を見て、はくすりと笑った。

「そんなことだろうと思った。……ほれ」
「えっ!? あ、弁当?」
「自販機に行くの見えたから、またお昼無いのかもなと思って持って来てた」

 差し出された弁当をおずおずと受け取ると、は嬉しそうに頷いた。

「何なら作るよって毎回言ってんのに」

 今、目の前にいるのは男だ。しかし学園では有名な高嶺の花、 。そんな人間から毎度毎度恵んで貰って、良いのだろうか。
 実際、周りの視線は日に日に変わってきているし、他者と関わらないが自ら接しに行く時点でかなりの大事だ。
 以前の何も知らない自分だったら、喜んだかもしれないが。

「そ、そんなの悪いって! 第一、今の時点で申し訳ねーのに……弁当作って貰うなんて」
「要らない?」
「要らないっつーか……」

 順平は言葉に詰まった。
 の顔が暗い。寂しそうだ。胸がぎゅうっと締め付けられる。
 断るのもいけない気がして、順平はゆるゆると口を開いた。

「……じゃあさ、おにぎりぐらいで良いから、頼んだ時、作って貰っていーかな……」
「全然良いよ!」
「さ、サンキューな、

 屈託ない笑顔に、どうも顔が赤くなりそうで。
 誤魔化すように笑い返し、弁当といちご牛乳を抱えて教室に戻った。

「あー、順平。遅かったね」
「いやー、と鉢合わせてよ。結局貰っ……」

 言いかけて周りの空気がざわついたことに気付き、慌てて席に向かった。
 あははは、と乾いた笑いを浮かべ、素知らぬ顔で弁当を食べ始める。
 奏夜とゆかりは、おかしそうに笑ってそれを見ていた。



◆◆◆



 が教室に戻ろうとした時のこと。

「あ、あのっ、先輩……」

 ひとりの女子に呼び止められた。そばには友達らしい子も一緒だ。だが、には見覚えがない。

「どうしたの?」
「あのっ、先輩って……伊織先輩と付き合ってるんですか?」
「え!?」

 そんな風に見えていたんだろうか。は戸惑った。
 全くそんなつもりは無い。だが、やはりこの格好では勘違いされても仕方無いのだろうか?
 ――それしかないな。
 は少しぎこちないながらも笑って返す。

「そ、そんな訳では無いよ。おともだち」
「じゃ、じゃあ天谷先輩ですか。やっぱり真田先輩ですか!?」
「い、いや……お付き合いしてる方はいないですよ……」

 女子はいささか不満そうに帰って行ったが、にはこれが全力だった。

「……はあ、ごめんね。勘違いさせて……」

 風花の分と自分の分、ふたつのお茶を抱えて、は教室へと戻ったのだった。

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