今日は学校が休みだ。
いつの間にやら日課となってしまった、皆の食事の準備。いつからか美鶴直々に食費を支援してくれるようになり、もそれに応えるように腕を振るう。
今日も今日とて、はキッチンへと向かった。
しかし、気乗りしない日は誰にでもある。にとってそれが今日だった。
「……カレーにしよう」
冷蔵庫の中身、そして自分のバイタリティと相談した結果の献立だ。
早速支度に取り掛かる。しかし野菜を選別していた時、は重大なミスに気付いた。
「人参が、いない……!」
人参がないカレーなんて、彩りに欠けるどころでは無い。しかし今から買いに行く余裕も無い。
思案するの背後で、キッチンのドアが開いた。
「――ん? お前……」
入ってきたのは、荒垣だった。手にはスーパーの袋をさげている。やけに様になっていて、は密かに笑いを堪えた。
「こんな時ぐれぇ、休んでりゃ良いのによ」
きょとんとするに、荒垣はぶっきらぼうに尋ねる。
「エプロンあるか?」
「え? あ、ちょっと可愛いのだけど」
「………それで良い」
コートを脱ぎ、が差し出した暖色系のエプロンを付け、荒垣は言った。
「カレー、作んだろ」
「え?」
「二人でやりゃ、すぐ終わる。ちゃっちゃと作っちまうぞ」
呆気にとられたは言葉を失った。こくこくと頷いて荒垣に答える。子供のようなその仕草に、荒垣は小さく笑った。
低めだったバイタリティを持ち直したらしい。別人のように背筋もしゃっきり伸び、表情は明るくなった。
「よく俺がカレー作ろうとしてたの判りましたね」
「見りゃ判る」
「あ、そっか」
ぽつりぽつりと、決して多くは無い言葉を交わしながらも、二人の手は動く。
互いの動きを見て、次に自分が何をしようか自然と判った。
「あ、これ使うっしょ」
「ああ、悪いな」
不思議と息が合う。それなりに料理が出来るもの同士だからだろうか。は内心嬉しかった。
あっという間に調理は進み、は一足先に洗い物へと移った。
話が弾むわけではないのに、この居心地の良さはなんだろう……。
「……ん?」
ふと手の平に違和感を覚えたは、視線を落とした。
……水と一緒に、手から血が流れている。
「おっと……」
思い出した。昨日のタルタロスで切っちゃってたんだ。だから料理もしんどいなって思ってたんだ。
固まるの様子を不審がった荒垣が、こちらにやってくる。荒垣はの異変を素早く察した。
「ったく、何やってんだ!」
「あっいやこれは昨日……! っ、大丈夫大丈夫、食べ物にはついてな…」
「良いから押さえてろ」
渡された布巾で、は手の平を押さえる。荒垣は水を止め、を近くの丸椅子に座らせた。
「救急箱持ってくっから、そこで鍋見とけ」
有無を言わせぬ荒垣の気迫に、は頷いた。
言われた通りに、鍋を見つめる。しかし、この位置で鍋を見るのは無理がある。かと言って動いて怒られるのも嫌だ。
何より一度認識してしまった傷の鋭い痛みは、の気力を確実に削いでいた。
――程なくして、荒垣が戻ってきた。
「ほら、手見せてみろ」
布巾は殆ど真っ赤だった。代わりに傷口の出血は滲む程度のものに落ち着いている。
しかし荒垣は不機嫌そうに顔をしかめていた。
「ったく、だから休んどけば良かったんだよ。手伝わせた俺も俺だがな……」
「……どういうこと?」
「何でもねぇ」
余計なことを言った、という風に荒垣は視線を落とす。黙々との手当に集中している。
――もしかして。
は、荒垣を見つめた。
「荒垣さん……。代わりにご飯用意しようとしてくれてました?」
荒垣と視線があった。沈黙がこそばゆい。
……自意識過剰だったかな、とが視線を落としかけたとき。
包帯を巻き終えた荒垣が、呟いた。
「アイツらは、放っておけば勝手に何かしら食うだろ」
「え? ……えと、でも、栄養偏ったりしそうで。それに天田くんみたいな小さい子もいるし、皆で食卓囲んだら楽しいよなって」
「……そうだな」
荒垣が、少しだけ目を細めた。が声を掛けようとした時、手当を終えた彼は席を立ってしまった。
に背中を向けたまま、荒垣は言った。
「だからってテメェが無理するこたねえよ。…治るまで俺が面倒見とくさ」
「え」
「……察しのとおり、“そのつもり”で来たんだよ」
恥ずかしそうに荒垣は鍋へ向かう。うっすら顔が赤い。
胸がぎゅっと締め付けられるような錯覚を覚えた。荒垣の気持ちが、素直に嬉しい。
はじっとしていられず、立ち上がった。
「お皿出しますか!」
「いや良い。アキにでもやらせる」
「あ、そうすか……」
が振り絞ったやる気は、荒垣の一声により静かに収束していく。収束させすぎては沈んでしまった。
そんなの頭を、荒垣がぽんと叩く。見上げてきたに、荒垣は呟いた。
「お疲れさん」
後はあっちで休んどけ。
荒垣の言葉に、は顔を赤くして、先のようにこくこくと頷いた。
彼に背中を押されるがまま、ラウンジへと戻っていく。
(――こういうのも、悪くはねえな)
何処か幼さを感じさせるの様子に呆れつつも、荒垣の胸中は酷く穏やかだった。
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