少し先を歩く背中が、何時もより遠くにある気がして不安になった。
「荒垣さん」
名前を呼べば、ちゃんと振り向いてくれる。つい安心して笑った俺に、荒垣さんは「どうした」とぶっきらぼうに聞いて来た。
「今日、寺内先生が変な宿題出したんだ」
「変な宿題?」
「『I love youを自分なりに訳しなさい』」
荒垣さんが「はぁ?」と顔をしかめる。俺にそんな顔されたって困るんだけど。
「まだやってないんだよね」
「そうか。まあ頑張れや」
「一緒に考えて!」
「宿題は自分の力でやるもんだろ」
荒垣さんらしからぬ良い子的な発言に思わず噴き出す。
……とりあえず「面倒だ」って思われてるのはよく判った。
ぱたぱたとローファーの底を鳴らして、荒垣さんに並んで歩く。
両手をコートのポケットに突っ込んで少し前屈み気味に歩く荒垣さんの横顔を、じっと見つめた。
「……んだよ」
「宿題、考えてる」
「何で俺を見る必要があんだよ、ばか」
クッと小さく笑って、荒垣さんが俺の額を小突いた。ちょっと痛かった。額をおさえる俺。
ばか、と言われたはずなのに、心臓がきゅっとした。嬉し切ない。
「ん! 宿題できた!」
「良かったな、ご苦労さん」
荒垣さん、そんな一言でこの盛大な前フリを片付けないで下さい!
思わず沈んで俯いてしまう。
……不意に頭に触れる、優しい感覚。荒垣さんの手が、ゆっくりと俺の頭を撫でてくれていた。
いつも、そう。
俺に何かある度に、荒垣さんは俺の頭を撫でる。子供扱いとは違うけれど、あやすような優しい手つきが、俺は大好きだ。
「……それで?」
「え?」
「宿題、出来たんだろ?」
教えてくれよ。
荒垣さんの静かな声に促されて、俺はそっと口を開いた。
きっとわたしは、あなたと出会うために生まれてきたのです
我ながら恥ずかしい言葉だったけれど、酷く優しい笑顔を浮かべた貴方を見たら、どうでもよくなってしまいました。
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