私は真っ暗な道を歩いていた。四方八方は闇色に潰され、今立っている足場が確かなのかも判らない。
 進んでいるのか。
 退いているのか。
 迷っているのか。
 一体何が正解なのか判らないこの黒は、あっと言う間に平静を奪って行く。
 遂に私は歩みを止めた。

「おとうさま……」

 私は壊れたのだろうか。
 膝を抱えて、私は縮こまった。
 もういやだ。
 なんでわたしなんだ。
 なんでお父様なんだ。
 どうして。
 私は崩れたのだろう。

「美鶴さん」

 記憶にある声に呼ばれて顔を上げた。
 目の前にいるのは、黒髪の青年。柔らかな眼差しが私を見つめている。
 黒髪はさらさらと揺れ、闇の中でも溶け込まずに、別の黒としての存在を確立させていた。

「行きましょ」
「何処に、行けというんだ」
「前へ」

 彼が伸ばした手を、私は自然と掴んだ。
 私の手を包む温もりは、やけにリアルで。何故か胸の奥が熱くなった。
 暗闇の中、道無き道をふたりで進む。何も見えない中を、彼は迷わずに歩き続ける。

「どうですか、美鶴さん」

 彼は私の手を引きながら呟く。

「あなたはひとりで歩いてるわけじゃないんですよ」

 軽やかな声だ。私は静かに彼の言葉に耳を傾ける。

「たとえばあなたが見えない道でも、俺にはこうして見えている。だから、困った時には縋って良いんですよ。見えないなら仕方ないんだから」

 彼は私を振り返った。
 あたたかい微笑みは、確かに私が見たことのあるものだ。

「だから、もっと周りを信じてくれていいんですよ。あなたは独りで頑張りすぎだ」

 ああ、ようやく気付いた。
 きみは――。



◆◆◆



 私は眠っていたらしかった。
 テーブルに突っ伏していたらしく、少し体が軋む。

「あ、起きました?」

 そして何故か隣にはがいた。しかも、私はそのの左手をしっかり握っていた。
 状況がよく理解できない。

「すいません。何か掴みたがってるみたいだったから何となく俺の手を差し出したらこうなりました」

 長い黒髪を揺らし、がふわりと笑う。
 女の私から見ても綺麗だ。

「それは……すまなかったな」
「いえいえ。心細い夢でも見てたんでしょ? お互い様です」
「……そう、か」

 確かに夢を見ていた。
 ただ、それは……心細いだけではなかった。
 空っぽの私の手を、確かに掴んでくれた誰かの夢。

「桐条先輩がこんなとこで居眠りなんて。また無理したんじゃないですかー?」

 ぼんやりする私に、は怒ったように話す。

「先輩は頑張りすぎだと思いますよ? もう少し周りを使いなさいって!」

 私はびっくりして、を見て固まった。も不思議そうに私を見返す。
 しばらくするとそれが何だかおかしくて、私は盛大に吹き出した。
 は意味が判らずに首を傾げていたが、気にしない。明彦なんかと違って、はこの程度のことで機嫌を損ねることもないしな。

「そうだな。の言うとおりだ。私もたまには周りに頼ってみよう」

 お互い様、だからな。
 笑う私につられたのか、いつしかも声を上げて笑っていた。
 繋いだ手を解くのさえ、互いに忘れてしまったほどに。

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