携帯が鳴った。
 光る画面には「」の文字。慌てて俺は電話をとった。

「もしもし」
『おはよ、真田先輩。今日ヒマ?』
「ああ、予定は無いな」

 電話の向こうで、「よっしゃ!」とが笑う声がした。

『じゃあ、お出かけしましょー! 30分後にラウンジね!』

 俺の返事も待たずには電話を切った。
 やれやれ、は何時もこうだ。こっちの都合もお構いなしに言うだけ言って終わるんだからな。
 だが俺が、直々の誘いを断る筈もない。
 トレーニングを返上し、少し気を遣って身だしなみを整え――と言っても何時もの服なんだが――、ラウンジに降りた。
 は既に準備万端で待っていた。

「あ、先輩来た!」

 いつもより落ち着いた印象の装いだ。丈の短い明るいベージュのコートに白いパンツ。何処かのお嬢様と言っても通じそうだった。美鶴と並んでも劣らないんじゃないだろうか?
 慣れないながら声を掛けてみる。

「雰囲気が違うな」
「先輩の紳士的なファッションに合わせて、淑女っぽさを目指してみた」
「そうなのか」

 その頑張りに、言い表せぬ気持ちが込み上げて来た。つい頬が緩む。
 これが順平の言ってた“萌え”という奴か……?

「さ、行きましょか!」
「ああ」

 俺の胸中など知らず、鼻歌まじりに立つの手を引いて、寮を出た。



◆◆◆



 日曜日のポロニアンモールは、流石に人が多い。

「あっ、フロスト人形!」
「なっ、!?」

 はぐれないようにと繋いでいた手をあっさり離し、はクレーンゲームに駆け寄っていく。俺も慌てて追い掛ける。
 はゲーム機のガラスに張り付くようにして中を凝視していた。

「しかもイチゴフロスト……」
「こんなの持って歩いたら邪魔じゃないか?」
「ハイハイ先輩は大人しく待ってて!」

 俺をあしらうようには手を振り、早速500円玉を投入した。
 ……出掛けようって誘って来たのはお前だよな?
 仕方ないので、を見守る。
 人形を見つめるこいつの眼差しは真剣そのものだ。探索の時より鬼気迫るものがあるような気がする。挑戦すること、1回、2回、3回………6回。
 は悔しそうに唸っていた。

「あと少しなのにぃぃい……」

 あからさまに落ち込むは、不意にハッとしたように顔を上げ、俺を見た。

「先輩1回やってみてよ」
「え、俺がか? こんなの……」
「やったことなくてもやり方は把握したでしょう、ホラ!」

 喜々として100円玉を投入するに押されて、俺もやってみることになった。
 とりあえずこのアームに引っ掛けて、穴に落とせば良いんだよな? ……っ、何だこのアームは! ユルユルじゃないか!
 アームは人形に掠っただけで、呆気なく終わってしまった。

「っクソ、もう1回だ!」
「あちゃ、先輩に火がついた」

 俺は自ら100円玉を投入した。
 これで決めてやる。伊達にのプレイを見ていた訳じゃないんだ!
 そんな俺の思いが通じたのか、3回目の挑戦。アームは見事に人形を抱え込む。
 俺たちは「おお!」と、歓声を上げた。
 見事に人形は穴へと落ちる。は、人形を取ると嬉しそうに俺を見た。

「ほら、先輩の子だよ!」
「語弊があるだろ! ……俺がそんなの欲しがるように見えるか? お前が欲しがってたからやってみただけだ」

 そう返すと、は嬉しそうに目を輝かせた。

「嘘っ、マジ? ありがと先輩!」
「俺が取れたのも偶然だ、気にするな」
「でも、ありがとう」

 ほんのり顔を赤くしてがはしゃぐ。この可愛さは反則だ……。
 人形を抱えたが、惚ける俺の手を引いた。

「折角だし、プリクラ撮ろう。フロスト記念!」

 強引なに流されるままに、俺はゲームセンターへと入った。流されるがままに何とかプリクラを撮り終える。そしては、出来たばかりのプリクラを見て笑っていた。

「先輩目線ずれてる! ちょっと顔怖いし!」
「し、仕方ないだろ。初めてだったんだ」
「初々しくて可愛いね」
「なっ!?」

 カッと顔が熱くなるのが自分でも判った。は「後で半分先輩に渡しますから」と笑い、鞄にプリクラをしまう。
 可愛いのはお前の方だからな、と胸の中で反論しておいた。

「シャガール行きましょ先輩。俺喉渇いた」
「そうだな、俺も水分が欲しい」

 プリクラを撮る際に「持ってて」と渡されてそのままのフロスト人形を片手に、俺はと共にシャガールへと入った。
 視線が集中している気がする。…人形のせいだよな。
 無言でに人形を渡す。は「ああ」と悟ったように人形を抱え、席についた。

「恥ずかしい思いをした……」
「先輩がイチゴフロスト持ってるの可愛かったのに」
「可愛くない!」

 は悪戯っぽく笑って、俺の反論を受け流した。

「先輩何飲みます?」
「アイスコーヒー」
「じゃあアイスコーヒー2つで」

 運ばれて来たコーヒーを啜りながら、俺はをまじまじと見つめた。
 いつもと違いゆるく内側に巻いてある黒髪がふわりと揺れる。何とも言えない色気を感じて、心臓が高鳴った。

「あ、そだ。先輩は行きたい場所とかない?」
「えっ!? あ、ああ…特に…」
「そっか」

 不意に話しかけられて焦った。俺がどもったことを、は大して気にしていないようだ。本当に妙なとこでコイツは男らしい。

「じゃ、ここ出たらスーパー寄って帰ろうか」
「――は?」

 は笑った。

「桐条先輩が、久々に夕飯のリクエストをくれたんだ」
「まさか、今日俺を誘ったのは……」

 夕飯の食材の買い込みと、その荷物持ち?
 は笑い続ける。俺の予感は当たったらしい。
 もうこれは、完璧なデートの流れだと思っていたのに……。

「何か御免なさい」
「……何でだ?」
「いや、何か先輩落ち込んでるから」
「……気にするな」

 申し訳無さそうなに、俺は弱々しく返す。何だか、どっと疲れた……。
 ほぼ同時にコーヒーを飲み終わり、各々代金を払って店を出る。

「先輩、大丈夫?」
「ああ、平気だ」
「……うん」

 が心配してくれている。何とか立ち直らなければ。
 動機はどうであれ、これはデートに変わりなかった。落ち込む要素なんて無いだろう。しかも食材の買い出しなんて、夫婦っぽくて良いじゃないか!
 俺は復活した。

「よし、荷物持ちは任せておけ。これもトレーニングだ」
「あ、うん!」
「だが、ひとつ良いか?」

 は不思議そうに俺を見た。少し緊張しつつ、俺は続ける。

「いわゆる、お菓子を……リクエストしたい」
「作って、って事?」
「ああ」
「良いよ。またホットケーキとか?」
「あ、いや……」

 の言葉に甘え、俺は答えた。

「……スイートポテト」

 無性に恥ずかしくて、俺は耳まで赤くなっていたんじゃないかと思う。
 は目を丸めた。だがすぐに、ふっと深い笑顔を浮かべて、俺の手をとる。

「うん、判った。楽しみにしてて」

 あたたかい声に、俺は舞い上がりそうだった。
 の手を握り返し、並んで歩き始める。
 秋も深まり、寒くなって来たはず。なのに不思議と俺は、これっぽっちも寒さを感じなかった。


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