コロマルの散歩に行くと言う順平くんに付いて行くことにしたら、荒垣さんも来るってなって。三人でまったり散歩中の俺たちです。
とある公園に備え付けられた遊具のところで、俺と荒垣さんは、順平くんとコロマルを見ていた。
「何か犬二匹って感じだね」
「……俺からすりゃ、犬は三匹だな」
「え? 三匹って?」
「何でもねえ」
荒垣さんは鉄棒に寄り掛かったままそっぽを向く。
今の言い方、まるで俺まで犬扱いってことですか!?
ブランコを堪能した俺は、ブランコを元に戻し――わざわざ、ぐるぐると鎖を巻いて高くしていた――、荒垣さんのほうに行こうと思ったのだけれど……戻す途中で、髪を巻き込んでしまった。
「うああー髪かんだああー!」
「面倒くせぇ奴だな、テメェはよぉ……」
「すいません!」
見かねた荒垣さんに助けられ、ようやく俺は鉄棒に向かう。錆び臭い棒を握り、感覚を確かめる。まだ逆上がりできるかな。小学校以来だよ。
「いや、姉ちゃんからあんなに教わったんだし大丈夫なはず」
「逆上がりでもする気か?」
いざやと踏み込みかけた俺に、荒垣さんの呆れたような声が届く。
「その格好で鉄棒は止めとけ。見えっぞ」
「ああっ、そーいやぁスカートでしたわな」
「ブランコ乗りながら『スカートめくれる捲れる』って散々喚いてた癖に忘れてんのか」
的確な指摘に俺はひっそり凹む。
鉄棒は諦めてジャングルジムを堪能することにした。「怖い怖い」言いながら一気に登って、「怖い怖い」言いながらゆっくり降りた。その際、何となく思い出した遊具について荒垣さんに振ってみる。
「荒垣さん、あの回る球みたいなジャングルジムあるじゃないですか。名前何なのかな?」
「知らねぇ」
「やっぱり? 俺アレ怖いんですよね。昔ドジって手ぇ放しちゃって、足だけ引っ掛かってズリズリっといっちゃって……」
「器用の無駄遣いだな……」
哀れむような先輩の視線がいたたまれなくなって、結局ベンチに座った。
荒垣さんも隣に座る。
相変わらず遊んでいる順平くんとコロマル。
「……コロマル、元気になって良かったなー」
以前コロマルが大怪我をした時、俺は過去を思い出して取り乱したことがあった。昔、俺を庇って死んでしまった犬のこと。
だからか、戦うコロマルが怪我をするのを見ると、内心複雑だった。
「しょぼくれた顔しやがって。何へこんでんだ」
荒垣さんに言われて、俺はわざとらしく目を丸める。「え? へこむどころか膨らみっぱなしですけど俺」笑って誤魔化したけど、荒垣さんは不機嫌そうに顔をしかめる。
「過去を引き摺ってると、ロクな事にならねぇぞ」
言葉が、いたい。
心配されているのは判ったけれど、俺のメンタルはそれほど利口じゃなかった。せめて見た目は大丈夫そうに見せようと、笑顔を貼り付けたまま、立ち上がる俺。
「判ってますって! そろそろ帰りましょー、影時間に備えて……って順平くんたちがいない」
「はぁ?」
話し込んでいるうち、いつの間にか順平くんとコロマルがいなくなっていた。荒垣さんが盛大に舌打ちをして携帯を取り出す。順平くんに掛けているらしい。
「おい、今何処だテメェ。……良いか、その場から動くなよ。今行くから待ってろ」
行くぞ、と歩き出す荒垣さんの後ろを、俺は慌てて追い掛けた。荒垣さんの言いつけを守り、停止していた順平くんたちに追い付くまでは然程かからなかった。
「おい順平。テメェ、何で先に帰った」
「い、いやー……お二人の邪魔しちゃ悪いかなーって、なぁ? コロマル」
「ワンッ」
「あ? 何だそりゃ……」
誤魔化すように自販機に駆け寄る順平くん。それにコロマルも付いて行く。
つっこみたいところは色々とあったが、俺も喉が渇いたので自販機を覗きに行ってみる。何時でもできる言及より、水分を欲する喉への水やりが優先だ。
「何だよコレー! 四谷さいだぁ押したのに出て来たのはマンタじゃねーかぁ!」
「業者が入れ間違えたんだろ」
「え? 俺もやってみよー」
嘆く順平くんに続き、四谷さいだぁを買ってみる。……ああ本当にマンタが出て来た。そういえば俺、マンタ飲んだ事ないんだよなぁ。意を決して、開封。そして一口。……うーむ、炭酸強すぎませんか。俺にはいささかキツい。
「好みじゃないや。荒垣さんにあげるー」
「俺かよ……」
と言いつつ受け取って飲む荒垣さんに、ふと悪戯心が沸く。俺は迷わず言った。
「荒垣さんと間接キスしちゃった!」
「それがどうした」
「うわ反応薄っ」
「ただの回し飲みだろ」
真田先輩ならきっとあたふたするのに、それを荒垣さんは……。さすがツワモノだ。
俺は順平くんに寄ってひそひそと話しかけた。
「荒垣さん乱れないよねー。動揺させてみようにも、順平くんや真田先輩みたくはいかないな」
「オレや真田サンって…」
「何か無いかな。だって取り乱す荒垣さん見れたら貴重じゃない?」
「そりゃあなぁ……」
おお、順平くんも些か興味のあるご様子。
「じゃぁ、間接じゃなくマジでしちゃえば?」
順平くんが冗談のつもりで言ったであろうその提案を、俺は敢えて採用することにした。
「おっ、あっちの自販機は水売ってるなー。よし、コロマル! 水買ってやるぜ!」
「ワンッ!」
新たな目標を発見した順平くんとコロマルが先に行ってしまい、荒垣さんはジュースを飲み終え空き缶をゴミ箱に投げた。
――今しかないんじゃない?
「荒垣さんっ」
「あ?」
こっちを向いた荒垣さんに飛び付くようにしてキスをした。自重、というか流石に勇気が無くて、頬だったんだけれども。
「なっ……」
少しだけ身を引いて、頬を押さえて、何時もより見開いた目で俺を見ている。
……順平くん、俺、頑張ったぞ!
しかしやってしまってから俺は困惑してきた。
これで嫌われたらどうするかな。元からそんな好かれてるっぽくないし、つーか、気持ち悪いとかなるよね普通。そんなん最初から判るだろってのに、何をしでかしてんでしょう俺は。
しばしの沈黙ののち、口を開いたのは荒垣さんだった。
「……何なんだ、テメェは、本当に……」
「あれ、気持ち悪いとか、ないの?」
荒垣さんの目には、嫌そうな雰囲気も何も無い。
「こういうのは……あれだろ、好意の表れだろ」
「うん、まぁ、嫌な人にはしませんが」
「……ただ、俺にそんなモンは寄越さなくて良い」
「え?」
予想外の優しいリアクション。やけに穏やかな、諭すような声音が、俺を先までとは別の動揺に突き落とす。
どういうことなの?
「……とりあえず、俺、嫌われたりしてないんですね? 今の嫌じゃなかったんですね?」
「嫌なら嫌って言ってる」
「だよね……」
荒垣さんの言葉には含むものが多すぎて、それでも俺には、「荒垣さんは俺を嫌っている訳じゃない」と言うことが嬉しくて。
他の意味を捉える余裕なんて無かった。
でもさ、ツッコミくらいは欲しかったなぁ、荒垣さん……。
何処と無く和らいだ荒垣さんの横顔を見つめながら、ボケ殺しを食らったような気分を味わう俺であった。
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