膝に乗せた猫を撫でながら、は神社のベンチに座っていた。隣には真田。ふたりは以前から、真夜中にこっそり此処で落ち合う約束をしていた。年明けと同時に初詣をするためだ。
「幾らなんでも朝になってからで良かったんじゃないか?」
ぐったりした真田が白い息と共に溢すと、すぐさまが反論した。
「だーめーでーす! 俺、リアルな夢見たんですよ。先輩がいきなし“俺より強いやつに会いに行く”って武者修行に出ちゃう夢を! だから、年明けと同時に先輩と初詣済ませて火打ち石カンカンしてやって送り出すんです」
「俺は年明けと同時に武者修行に行かなきゃならんのか!?」
「行かないだろうけど、行きかねんでしょ。いつか絶対行くね。そうに決まってる」
深々と頷きながらは語った。
根拠は無いが大きな確信を持って発言しているらしいことを真田も察したが、“こいつの中で俺は一体どういう扱いになっているんだ”と深い疑問を抱いた。問い質すと長くなりそうなので、突っ込んだことは聞かない。どうせいつものように何故か言い負かされて謝る羽目になるだけだ。
真田が静かにしていると、その間に猫がの膝から降りていった。
それを見送ったのちは、携帯を取り出し、時間を確認し始めた。
「おー。あともうちょい! とりあえず初詣で先輩の無事を祈ってあげますから」
「止めないのか……」
「止めて止まったら苦労しないでしょ……」
「すまない……」
「そうこう行ってる間にほら、あと10秒で新年! カウントダーウンッ!!」
恐らく眠気と寒さが堪え、ハイになっているのであろう。はやたら空元気であった。
真田はそんな後輩に苦笑しつつ、共にカウントダウンを開始する。
カウント……5、4、3、2、1、0。
特に代わり映えしない夜だ。しかし、確かに新たな年を迎えた。
「ハッピーニューイヤー! ですっ!」
両手を上げて、控えめな歓声では新年を祝う。そして早速、彼は神社の賽銭箱に小銭を放り、お詣りを始めた。
真田が見守るなか、は、
「先輩が武者修行とか言い出しませんように! あと万が一言い出しても無事に戻ってきますよーにっ!」
元気に神様へお願いしている。
思わず真田は苦笑した。
「おいおい、俺を何だと思ってるんだ本当に……」
「男はいつまで経っても少年ですからね、何をしだすか判りませんので」
「それを言ったらお前も何をしでかすか判らないということになるな」
がうっと渋い顔をした。人を茶化すにしては珍しいミスだった。普段のならば真田をあれやこれやと言う間に言いくるめてしまうのだが。今日はやはり、いつもと調子がおかしいようだ。新年というより、年末年始に纏まった休みを確保したことにはしゃいでるのかもしれない。
しかしは食い下がる。
「そりゃまあ、そうなっちゃいますけど……先輩に比べたらかわいいもんですよ」
「いや、五十歩百歩だな」
「五十歩と百歩って結構差があると思いますー!」
「本当に学生時代のノリのままだな、お前は」
そう言っての訴えを流しながら、真田もお参りした。
「が無茶をせず無事に過ごせますように」
自分の無事を祈ってくれたへの、せめてものお返しだ。
お詣りを終えて後輩の顔を覗いてみれば、いつも以上に楽しげな笑みが浮かんでいる。
「ありがとー、先輩」
「こちらこそだ」
そんなに喜んでもらえると祈った甲斐があるというものだ。真田も笑い返す。
神社から辺りを見渡すと、やはり年越しを起きて過ごす家庭が多いのか、街の明かりはいつもより多く感じられた。今ごろ、家族団欒で年越しそばでも食べているのだろうか……?
真田が物思いに耽っているうちに、は歩き出していた。
「今度は俺んちでソバ食いましょう、ソバ」
切り替えが早い。
の申し出に、真田は悩んだ。この時間帯に食事を摂っても良いだろうか。だが、寒さに耐えることでカロリーを消費していたのか、空腹なのは事実。学生時代は夜食を食べて幾らかウェイトが乱れても無理矢理調整して戻せた。今もいけなくはないだろうが……。
考え込んで動かない真田に、はため息を吐いた。
「もー。とりあえずウチ行きましょーよ。別にソバ食わなくてもいーから、とりあえずあったかいとこに戻ろうじゃあないですか」
「そうだな、そうしよう」
幸い、の住むマンションはここから近い。は当然のように真田の手を掴むと、ずんずんと歩き出した。真田もやや遅れてから引っ張られるようにして歩き始める。手袋をしていないの手は、見ていてどうにも寒そうだった。自分の手袋を貸してやろうと思った真田は、ふと、妙案を思い付いた。
「」
「あい?」
「これ付けろ」
そう言って、真田は片方の手袋を外し、に渡した。
は不思議そうに首を傾げている。
「いや、片っぽだけ渡されても……右手をぬくぬくさせろということですか?」
「良いから付けろって」
促されるままに、は真田の手袋をしてみた。やんわり彼の温度が残っている手袋は、文句無しに暖かい。
それを見て真田はうんうんと楽しげに頷いている。ますますは不思議がった。
「どうすんですか、先輩」
「こうするんだよ」
――真田の右手がの左手を掴む。そして、そのままコートのポケットへ入る。
は吃驚した。この寒さを忘れてしまいそうなほど、体がかあっと熱くなる。
「せ、先輩! そんなイケメン行為をされるとますます参っちゃいますよ!」
「これなら一組の手袋で二人とも暖かいだろ?」
「ま、まあ、あったかいですけど……」
真田は子供のように無邪気に笑って言う。
「どうせ誰も見ちゃいないさ。早く行こう、」
――年を重ねる度に、真田明彦という人間の魅力は増している。
そしてその魅力に、自分はすっかり絆されてしまっている――。
の家に着くまで、真田の言う通り誰にも見られることは無かった。だが嬉しそうな先輩の横顔を見つめるたび、は何度も何度も恥ずかしさで叫びそうになるのを堪えていた。
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