ひょんなことから同じペルソナ使いとして戦い始めたへ、綴は小さな疑問を抱いていた。
何故彼は女装というリスキーな行為を続けるのか。
精神は女性だとか、男性の服に違和感があるだとか、心因的なものなのだろうかと最初は思った。
だが、と接するうちに、それらは全くの勘違いであると気付いた。
年頃の青少年らしく順平と共に女性についての好みだとか何だとか語っていたし、屋久島では男性の衣装を持っていることを知った。会話でも戦闘中でもは綴を女性としてさり気なく気遣ってくれたり、外見に似つかわしく無い喧嘩強さなどを発揮してみせた。
そんな訳で綴は、ますます彼の女装理由が判らなくなったのである。
放課後、綴はを探して歩いた。は大抵バイトをしているか、学園にある柿の木をよく見上げていると噂に聞いた。今日はバイトのない日だから、後者を当たればいるはず。そんな彼女の読みは的中し、柿の木を見上げるを見つけることが出来た。幸いにも周囲に人はいない。
「、こんにちは」
「こんにちは、綴ちゃん。何だかこうして学校で話しかけられると新鮮だねぇ」
朗らかに笑うの表情に、綴は、うん、と微笑み返す。ここから何とか話を広げようと、「そうだ」と少しあからさまな感じで彼女は続ける。
「一緒に帰ったらもっと新鮮じゃない?」
そんな綴の言葉が意外だったのか、は目を丸めた。
「そうだなぁ。この見た目なら女の子同士仲良く帰ってるだけに見えるだろうし……。綴ちゃんがよくいる男の子たちも気にはしないだろうね」
どうやらは、綴の人間関係にまで配慮してくれているようだ。だがまるで色んな異性のもとを渡り歩いているともとれる発言である。綴はじっと無言でに抗議の眼差しを向ける。
鋭いは、その抗議の意味にすぐ気づいた。
「ご、ごめんね。綴ちゃんは人気者だよねぇって意味だったんだけど、語弊あったかな」
「……ただじゃ許さない」
「え、ええっ? そこまで酷かったか……。ごめんって……」
ここぞとばかりに綴はじとっとした視線を向け続け、を困らせてみる。普段はお調子者でどちらかというと周囲を困惑させるタイプの彼を困らせるというのは、なかなか楽しかった
。
混乱する少年――見た目は完全に少女だが――を観察しながら、綴は次のアクションを考えていた。このままでは妙に律儀なのことである、何か詫びをしなくては気が済まないと言い出すに違いない。
「何か、お詫びしたいんだけど、いったいお詫びって何したらいいんだろう……」
……案の定である。困らせた責任を感じ始めた彼女は、解決のきっかけを提案することにした。思いついたのが、がよく通っているたこ焼き屋の名前だった。
「オクトパシー……」
「え? あ? ……ああ、もしかしてたこ焼き食べたいの?」
馴染みの店の名を挙げられて、は瞬きする。
「そうだ! お詫びに俺、たこ焼きおごるよ! うん、そうだそうだ、そうしよう! 今日はバイトもないし」
「良いの? ったらちょっと大袈裟じゃない?」
「良いの良いの。大袈裟も何ももとは俺がとちったんだからね」
お調子者なのか律儀なのか分からないの勢いに綴は苦笑していたが、女装少年はそんなこと全くお構いなし。よほど先の発言を言われた側より気にしているようで、妙に頑固だ。
だがその頑固に付き合ってやらなくては、はきっと自身の発言を後悔して引きずるだろう。
綴はがそういう人間であることを、これまでの付き合いでよく知っていた。仲も悪くないと思う。
お互い学園ではあまり目立とうとしない者同士だからか、仲間として付き合ってきたからか、それとも両方のためか。気が合わない訳ではない。寧ろ今まで、こうやって放課後に一緒に道草しようという発想に至らなかったのが不思議なほど付き合いやすいタイプだった。
「それにまぁ、俺がこの格好なら変な噂は立たないだろうしね」
どことなくの台詞が力なく聞こえた気がした。
気のせいか否か言及するより先に「じゃあ行こっか」と話をたこ焼き屋へとシフトされて、綴はすっかり機会を失ってしまったのだった。
仲良くたこ焼き屋へ着くと、は綴へ、すぐそばのベンチに座るよう促した。促されるまま彼女は席へ着き、その間がたこ焼きを二人分注文する。
慣れた調子で店主と会話するの背中を見つめながら、綴は考える。
友人として、もう少しお互いのことを知っていても損は無いはず。しかし、どう話を振ったらいいものか。とりあえず今日はたこ焼きを食べるだけでも良いだろうか……。
結論を出すより早く、が戻り、綴の隣へ当然のように腰を下ろした。
「はいよ、たこ焼き。夕飯に響かない程度の量にちゃんとしたからね」
「ありがとう」
「どーいたしまして。ちょっと嬉しいからねぇ」
たこ焼きをひとつ頬張りながら、は笑っていた。
こうして見ればやはりちゃんと男だ。寧ろこの年代で声変わりもせず――したのかもしれないが、ちょっと声が低いだけだとか、元から中性的な声だとか言えば幾らでも“女性”で通せそうだ――、体も顔つきも男性と女性どちらか迷いそうになるが、接していると判る。は上手に男と女の見かけを行き来していた。……そう至った理由は、流石に勢いで聞く訳にはいかないだろう。
考え込む綴に、またたこ焼きを咀嚼したのち、はしみじみと語る。
「いやなんせ、友達と買い食いとか久しいからねぇ。順平くんは他にもダチいるし、俺、女装してっから学校内で友人作るとかなかなか出来ないし」
「作る気になったらすぐ出来ると思うけどね。にそのつもりがないだけじゃない?」
「そうなのかな? ……綴ちゃんがそう言うなら、そうなんかしら」
やや遅れて綴もたこ焼きを食べ始める。青のり抜きのたこ焼きは出来立てホヤホヤの熱々だ。
「火傷しないようにねぇ嬢ちゃん」
「、おじさんくさい」
「え、何で!? お嬢さんって言わなかったから?」
「そういう問題じゃないんですけどー?」
「むむ、乙女心は難しいのぅ」
「なにその口調、今度はおじいちゃんになってるよ」
がおどけるたび、綴は笑いながら返す。
――何かもっととしっかり話したいなぁ。
言葉を交わすうちにそんな思いが強くなり、ふと気づけば綴は、ストレートにへ疑問をぶつけていた。
「……って男子制服嫌いなの?」
言ってしまってから綴は“しまった”と血の気が引くのを覚えた。
いきなりそこに突っ込んではいけない、と自分に言い聞かせたのが逆効果だったのか、それとも昨晩の探索の疲労で思考回路が鈍るどころか機能を放棄したのか。
はというと、目を丸めて綴を見つめている。
――やっぱり一番聞いてはいけないことを聞いてしまった……!!
焦りの余り綴は、口に放り込んだたこ焼きを対して咀嚼することなく飲み込んでしまう。
「うぐっ!!」
「ちょ、綴ちゃん大丈夫!?」
我に返ったが綴の背中を優しくさする。そのおかげか、すぐに彼女は落ち着くことが出来た。喉元のものに関しては。先の失言については、現在進行形で脂汗を滲ませ中である。
どうしよう。綴がぎゅっと目をつぶった時、
「……俺、別に男子制服嫌いじゃないぞ」
淡々とした返答が来たので、すぐにその瞼を開ける羽目になった。
反射的にを見ると、彼は本当に何ともなさそうな顔で笑っている。
「っていうか、フツーに男子制服も持ってんだ。一応。今度見てみる?」
「え、え、えっと……」
「まあ、順平くんたちと変わらないフッツーの男子制服だから、何にも珍しくないけどね。あ、俺が着るとある意味珍しいか」
あはは、と軽やかな笑い声は更に綴を呆然とさせる。
……とりあえず、気を悪くしたりということはないようだ。
安心した少女がホッと胸を撫で下ろすと同時に、は最後のたこ焼きを口に放り込んでいた。
「何なら、着てこようか? 色々面倒だから放課後限定になるけど」
「放課後限定……」
……どうやらまた道草に付き合ってくれ、ということのようだ。
遠回しなの誘いに、綴は頷く。
「判った。都合のいい日に声かけてね。こっちからも声かけるけど」
「おう。今の俺はバイトも減って激ヒマだから。よろしくね」
――その時、綴は新たな“絆”を深めるための扉に触れた。
今までも経験してきた感覚だ。周囲の時間が全て止まり、淡い青色がかった視界。目の前に――心の中に、一枚のカードが輝きながら舞い降りてくる瞬間。それが、ペルソナや自分を強くするためのものであることを、随分前に知った。
(まさか、とも『コレ』があるなんて)
絆を深めるコミュニティの力。それは互いの心をさらけ出し、絆を深めるための神聖な儀式のようなもの。
より自分たちを強くし、前へと進むための力をくれる時間。それと同時に、悩みや不満を打ち明かすことが少ない彼をよく知るための絶好の機会だ。
降って来たカードが光となって弾けると、周囲の時間が再び正しく進み始める。
「いっけね。そろそろ帰んなきゃだよな。お勉強しないと……」
「だね。そっちのクラスでも英語の課題出てるでしょ」
「うん、出てる。お互い頑張りますか」
笑う彼は言われなければ気づかないほど女性そのもので、異性であることを忘れそうになる。
だが男子制服を購入しているということは、いずれ彼はそれを着るのだろうか? 今、それを着れずにいる理由は、その訳は、一体何なのだろうか?
生まれた絆の力を深めていけば、それらの疑問の答えも明らかにしていけるはずだ。
仲間として、彼をしっかり理解していけば、きっと。
『フツーに男子制服も持ってんだ』
『色々面倒だから放課後限定になるけど』
面倒諸々を自覚しながら女性の装いをする。その行動には、想像以上に深い訳と意味がありそうだ。
新たに生まれたコミュニティ、との絆の深まりの余韻を僅かに残したまま、綴は、彼と共に帰路へついたのだった。
【コミュ発生条件】
・一回以上オクトパシーを訪ねたことがある。
・男性キャラクターとのコミュが最低2つ発生している。
・この状態で、月光館学園1F渡り廊下の柿の木の近くにいるに話しかける。
Top