結局僕らはさんをライブラまで連れて来てしまった。
 リャナンシーというのは、とある地方に伝わる妖精のことらしい。
「いやぁリャナンシーってのはとにかくイイ女だってのは本当だったんだな」とザップさんが言っていた。リャナンシーの存在をどうして知っているのかと聞いたら、

「リャナンシーは吸血鬼と同類って話もあったんだよ」

 ……ということらしい。
 リャナンシー。愛した男の精気を奪う代わりに、大きな才能を与える魔性の妖精。主にその才能というのは芸術面で、リャナンシーの伝承が伝わる地域の天才的な芸術家の多くが短命なのは、このリャナンシーに愛されたからだと言われるほどらしい。

「それで今、クラウスさんとスティーブンさんが別室で絶賛面会中って訳ですか」
「まあな。鏡にも映ってたし、お前の目には変なもんが映らなかったみてぇだし、大丈夫だろうけど」

 ああ、ザップさんさり気無くジッポ持ってたのは“確認”の為だったんだ。
 今も握り締めているのは、万が一の事態があればすぐさま手段を講じるという意思表明でもある。
 ……僕は、さんが泣きついて来た時のことを思い返していた。
 本当に何もかも見失って絶望しきっていたみたいだった。僕が“見える”と言ったとたん溢した沢山の涙が嘘だとはとても思えない。そんなに危ない存在なんだろうか、なんて、不安に思っているうちに面会は終わった。
 クラウスさんとスティーブンさんだけが戻ってきて、僕は反射的にさんの安否を尋ねてしまう。

「あ、あの、さんは……」
「安心し給え」

 クラウスさんの低い声が響く。
 次いで、スティーブンさんが口を開いた。

「ひとまずはウチで監視兼保護ってことで落ち着いたよ。リャナンシーとしての能力……人の才能を引き出すっていうのは確からしい」
「彼女は他者の精気を奪いたくないと話していた。そしてその思考が行き過ぎた故に一族内では孤立していたようだ」
「そうだったんですか……」
「……ふっ」

 クラウスさんの説明を受けた僕が落ち込んだのを見て、何故か急にスティーブンさんが笑った。
 どうかしたんだろうか、と逆に不安になってしまう。その焦りが伝わったのか、スティーブンさんは「ああ、悪い悪い」と手を振ってみせる。

「いやなに、話している最中にちょうどチェインが来てな……。その途端、が目の色を変えてチェインに飛びついて行ったんだ」
「あー……。そっか、初めて話せる状態で、初めて女の人に会ったからはしゃいじゃったんですね……」
「ああ。チェインはおろおろしっぱなしで、遂にははしゃぎすぎた彼女の相手をしかねて隙をついて消えていったよ」
「あの犬女がタジタジたぁ勿体ないもん見逃しちまったなぁ……」

 何だかとても想像しやすい。きっとあの浮遊感で一気に詰め寄ってそれはもう色々と話しかけたんだろう。さん、無邪気すぎる。初対面とかそういう段階がもう、視認された興奮で吹っ飛んでるんだろうな。
 そのさんはというと、はしゃぎ疲れて部屋で眠っているという。だから出てきたのはクラウスさんとスティーブンさんだけだったという訳だ。恐らくしばらく飲まず食わずで彷徨っていたことも響いているんだろう。
 どんな気持ちなんだろう。
 確かにそこに存在しているのに、誰にも見つけてもらえない。必死に声を掛けても、触れても、相手にしてもらえない。存在していることを見てもらえないから。知ってもらえないから。もし僕が通りがからなかったら、あのままずっと道の隅っこで彼女は泣いていたんだろうか。

「レオナルド君」

 不意にクラウスさんが僕を呼んだ。はい、と返事をするとともに自然と背筋が伸びてしまう。
 クラウスさんは言った。

「私たちと話している最中、彼女は何度も君に感謝していた。“君に見つけてもらえなかったら、自分の魂は死んでいた”と」

 ――僕が見つけていなかったら、彼女の魂は死んでいた。
 それほど大きなことをしたつもりはない。僕の目はそういうふうに出来てしまっているだけで、しかも授かろうと思って授かったものでは無くて、寧ろ何とかしたくてこの街に来たわけで。
 それでも――僕の目とお節介が、少なからず彼女を救ったことは、事実なんだと。
 クラウスさんは大きく頷いた。その目にはさんに対する警戒心なんて露ほども無くて、その分スティーブンさんが心配しなくちゃいけないみたいだけれど、そのことすらスティーブンさんは予想していたみたいな苦笑ぶりだ。

「あの、有難うございます。さんを受け入れてくれて」
「監視だよ、監視。代償付きとはいえ自由自在に生物の才能を引き出す能力をよりにもよってこの街でうろつかせるわけにはいかないだろう」

 ……え? 才能を引き出すって、芸術に限らないんですか?

「どうやら彼女はリャナンシーという自身の出生と能力に酷く劣等感を抱いているようだ。その為に、精気を代償に才能を引き出すという種族の特性を色々と弄っていったらしい。結果、引き出す才能は芸術面に留まらなくなったんだと」
「それ、都合よくパワーアップしてませんか」
「そう。だから“監視”する」

 スティーブンさんはそれ以上語ることなく、仕事へと戻っていった(のだと思う)。クラウスさんも「今は彼女を休ませることが先決だ、起こさないように」と釘を刺して去っていった。
 残された僕とザップさんは、とりあえず、言われたとおりにすることにした……んだけれども。

「ザップさん、何ナチュラルにドアノブ握ってるんですか」
「一人でしくしく眠るのは寂しかろうと思って様子見だ、様子見」
「いや、あからさまに妨害しそうなんで駄目です。っていうかよからぬことしそうだ……」
「俺もそこまで鬼じゃねぇよ。ちゃんと了承を得て合意の上でだな」
「何の話に飛躍してるんだーもう!」

 必死にザップさんを引き留める。でもこの人に僕の腕力体力で敵う筈もなく、見る見るうちに僕だけ消耗していった。でもこの手を離してザップさんを部屋に入らせたら大変な気がする。何がとは言わないけれど。
 そうしていたら、

「何をしているんですか」
「あっ、ツェッドさん!」

 何故か毛布を抱えたツェッドさんがやって来た。明らかに不自然な僕らの様子をみて、物凄くいぶかしげな顔をしている。

「客人がいるんでしょう? 騒ぎ過ぎです」
「いや、その客人を守るために僕はザップさんを止めなくちゃいけないんですー……!」
「俺はそのお客様の傷ついた心を癒してやろうって言ってんのにコイツが聞かねーんだよー……!」
「小声にするだけの気遣いがあるならまず暴れないでください」

 全くもう、とツェッドさんは僕らを押し退ける。中途半端な体勢だった僕らは予想以上にあっけなく扉の前から追いやられる。まあ、結果オーライだろうか……。

「ツェッドさんも、話、聞いたんですか?」
「クラウスさんが“客人が眠ってしまったから冷えないように毛布を届けに行ってほしい”と。今ギルベルトさんは手が離せないそうなので、代わりに僕が持ってきたんです。挨拶のついでにと頼まれました」
「なるほど! 僕が引き留めているうちに早くお願いします!」
「よく判りませんが、まあ、はい……」

 最後の力を振り絞ってザップさんを引き留めているうちに、さっとツェッドさんがさんの眠る部屋へと入った。よし、僕よく頑張った。「まだ一般常識が定着してないくせぇうちにちょっと入れ知恵しようと思ったのによぉ」ゲスい言葉が聞こえて来た。うん。予想の範疇だから気にしない。
 しかし……。

「まあ綺麗ー!」
「うわっ!?」

 部屋の中からさんのものと思しき歓声と、驚くツェッドさんの声が響いてきて、結局僕らは部屋になだれ込むことになった。
 ……中では、起きたさんがツェッドさんに詰め寄っていた。遠慮なくツェッドさんの両頬を真っ白い手の平で包んで、キラキラの瞳でツェッドさんを見つめるさん。どういうこった。

「透き通った泉のような美しくて癒される肌! 逞しいその体、一切の無駄がなくて、それでいて常に鍛錬を怠らないっていう努力が私には伝わってきますわ……。ああもう他種族最高ですの! 胸が高鳴って仕方ないです!」
「あ、あの、は、離して頂け――」
「レオくんの木漏れ日のような温もり、ザップさんの太陽に愛された雄々しい肌、クラウスさんの獅子の如き迫力と繊細かつ優しい緋色、スティーブンさんの鋭さを秘めつつも熱い想いに満ちた眼差し、オニキスの輝きが人の形をとったかのようなチェインさんにも美しくてときめいてしまいましたけれど、あなたもとても綺麗! ここは宝石箱か何かの中ですの? とても幸せですわ! そしてそんな宝石のような方々と言葉を交わせる、存在を確かめ合える! ようやく私は世界へ受け入れてもらえましたの!」
「ですから、手を……その……」
「私はと申します! あなたのお名前は?」
「つ、ツェッドです、ツェッド・オブラ――」
「ツェッドさんですわねー! 覚えちゃいましたの! やりましたの!」
「さ、最後まで聞いてください、せめて!」

 あー、チェインさんにもこんな調子で寄っていったんだろうなあ……。
 ザップさんも羨ましがるどころか、ちょっと呆然としてる。
 でも、仕方ないのかもしれない。
 今までさんは、誰かに触れたり、喋ったり、そういう普通のことを出来てなかったみたいだもんな。
 一族でも良く思われていないってことは、つまり、ひとりぼっちだったんだよな。
 泣きつかれたときの、縋るようなあの瞳が脳裏によみがえる。何も無かったんだ。さんは何もないまま、本当に何もないまま――だって存在を認めてもらえないから――、ここに来たんだもんな。
 ツェッドさんはしばらく困り果てていたけれど、我に返ったザップさんが「そのポジション代われ」と詰め寄るとハッとしたようにさんを引き離してソファーに戻して「邪な考えは止めてください」と淡々と言った。
 その間に僕はそろそろっとさんの傍に行った。さんは、何故か嬉しそうにザップさんとツェッドさんの喧嘩を見つめている。そして、笑っていた。

「私、本当にレオくんに見つけてもらえてよかった」
「そりゃよかったです。あ、ツェッドさんが折角毛布持ってきてくれたんですし、もう少し寝たらどうですか」
「眠るのが勿体ないですの。私、ケンカというのを初めて見るので!」
「そんなに見てて楽しいもんじゃないすけどね……」

 ……それから1時間後、僕らは何時ものフロアに集まった。
 そろっと帰ってきたチェインさんがさんに詰め寄られておろおろするのはそこから30分後。
 そして招集を受けたK・Kさんが来て、さんに怒涛のべた褒めと質問攻めを受けてご機嫌になるのは、更に10分後。
 そこでようやっと正式に全員で、さんを監視兼保護対象としてライブラに置くことになるという説明を受けた。

「そういうことなら“客人”で括らないでおいて欲しかったです……」

 些かげんなりしてツェッドさんが溢したのを聞いて、僕はつい、笑ってしまった。


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