は今日も今日とて、任された仕事に打ち込んでいた。書類の整理や掃除と、雑用同然の内容ばかりではあったが、彼女は全て嬉々として取り組む。誰かに託された仕事を果たす、つまりは誰かに尽くすことに繋がるこの現状が幸せであった。
「ありがとう、」
「どういたしましてですの」
ある時には頼まれた書類と共にコーヒーをスティーブンのもとへ運んだり。
「ありがとーっち☆」
「礼には及びませんですの」
またある時には、K・Kに依頼されて可愛らしい装飾の施されたメッセージカードを作ったり。
「ありがと、」
「お世話になっているお礼ですの」
そのまたある時には二日酔いに効くハーブをチェインにプレゼントしたり。
……様々な形で彼女はライブラの面々へ尽くしていた。常に彼方此方を飛び回る姿は、忙しなく見えた。
見かねたギルベルトが休憩を促すも、は座っている時間が勿体ないのか、パッチワークなどをし始める。
「出来ました、コースターですの!」
「おや、これはお見事な」
「ギルベルトさんの分も僭越ながらお作りしましたの、良かったら使ってくださいまし」
「有難う御座います」
ギルベルトのスムーズな作業と違い、の動きはどうしても目につく。失敗している訳ではないのだが、必死すぎるというか、自然さに欠けるというか。
……あまりに気になったクラウスは、遂に席を立った。
「君。無理はしていないか」
ソファーに座ったまま、はクラウスを見上げている。小首を傾げて、目をぱちくりさせつつ、
「してませんわ。どうしてそんなことをお尋ねに?」
「うむ、その……気になったからとしか言えないのだが……」
ありのまま告げると、はますます細い首を傾げてしまう。そのままポキッと折れて頭が転がってしまいそうで、クラウスは内心焦った。
「君は十分に我々の力になってくれている。だから、あまり気に病むことは無い」
「……!」
焦るあまりにクラウスが口にしたことは、どうやら的を射たらしかった。
瞬く間にはしょんぼりと背中を丸めていくではないか。まるで塩の中にぶちこまれたナメクジ宜しく小さくちいさく丸まり、両膝を抱えた彼女は、ずん、と重たい影を背負ってしまった。
「私、いきなり迷い込んできたうえに、皆様のように戦えなくて、雑用すらキレイにこなせないで……ギルベルトさんの十分の一でも上手く動けたらと……。そのつもりが逆に気を遣って頂いてしまうなんて……申し訳ないですの」
「す、済まなかった……」
「まだまだ修行不足ですの、精進あるのみですわね!」
がばっと立ち上がったは、意気揚々と一歩を踏み出しかけ、しかし、思い切り足をもつれさせた。「んぎゃっ!」反射的に叫び声を上げたに、やはり反射的にクラウスは両手を差し伸べる。
クラウスに抱き留められたは、辛うじて転ばずに済んだのだった。
「ご、ごめんなさいクラウスさん」
「やはり疲れているようだな、少し眠るべきだ」
「それは……向こうのスティーブンさんに仰ってくださいな……」
クラウスはの言葉を聞かずに、彼女を抱えたまま仮眠用のベッドまで運んでいく。それは、空回りと先走りが過ぎて此方の話を聞いているようで聞いていない節のあるに対する、クラウスなりの細やかな抗議でもあった。ついでに言えば、今のスティーブンに睡眠を進めても聞かない。聞けないというべきか。
をベッドに寝かせ、ブランケットを被せ、紳士は満足げに頷く。
「急いては事を仕損じる。君の歩幅で良いのだ。くれぐれも無理はしないように。改めて言うが、今のままでも君の力は我々の助けになっている」
決して嘘は吐いていない。実際にの能力は役に立っている。完全に他者の視界から消える技などを始めとした幻術、長年の試行錯誤の末に編み出したという特殊な才能開花契約などにより、色々とやり易くなった箇所もあった。彼女は盲目的に他種族へ憧れるあまり、自身の能力を過剰に卑下し、蔑視する節がある。
「申し訳ありませんの……。もっと地に足をつけて頑張りますわ」
「分かってくれれば良い。……ゆっくり休養し給え」
「有難う、クラウスさん」
ふわりと微笑むの顔に尚も身体疲労以外の色が見えた。どうしたものか、とクラウスは顎に手を添えて悩む。
これは恐らく、この陰りを解消しなくてはまた同じことをしてしまうと思われた。子供のように無垢で無邪気に世界へ接する彼女は、同時に、偏屈な考えのまま齢を重ねて一部の思考を閉ざした老人のような頑固さを併せ持つ。その思考の閉ざし方がまた、自虐的なものであるから危なっかしい。
強面が更に凄みを増していき、その圧迫感は勿論にも伝わっていた。
「……どうかなさいました? とっても難しいお顔をしてらっしゃるわ」
「君の身の安全について暫し……いや、現在進行形で悩んでいるところだ」
「まあ。私の心配をする時間がおありでしたら、激務がたたらぬうちに息抜きや休憩をすべきですわ」
「む……。君に言われるとはな」
ベッドの上では笑っていた。何となく恥ずかしそうなクラウスに、彼女は本当にちょっとばかり気紛れが働いてしまい、
「可愛らしいですの。もっとクラウスさんが笑っている姿を拝見したいですわ」
孫を愛でる老婆じみた、他愛ない呟きを溢したのだった。
素直にその言葉を受け取ったクラウスは、「笑顔、か……」と一瞬躊躇った。が、彼女の希望通り、彼なりの笑顔を浮かべてみせる。
その笑顔はただでさえ気風威風威圧感プレッシャーのある強面に輪をかける欠点があり、しかし本人は心から笑っているのであった。判り易い反応では、クラウスの笑顔を見た子供が大泣きする、女性が気を失う、ライブラのメンバーでも未だに慣れず体を強張らせる……などだ。
他種族愛の塊が服を着ているようなにとっても、やはりクラウスの笑顔は、驚くものだった。
よくよく見れば確かに笑っている、笑っているのだ。しかし、どうしてそこがそんなになって、あれがああなって、こうもビックリと心臓が飛び跳ねる表情を作り出すことが出来るのか――。
「わわ……」
が青褪めたのを見て、クラウスはハッとした。「す、済まなかった……」何十分だか前に聞いたのと同じ台詞を口にして、心底申し訳なさそうにする緋色の彼に、は苦笑いする。
「まさか笑った方が箔が……。油断してましたの」
「私も、自分が笑うと何故かよく皆青くなっていたのを失念していた……申し訳ない」
「いえいえ、確かにコワモテ感が増してびっくりしましたけれど。怖いのも可愛いですの」
「怖いのも可愛い……?」
するりとベッドから抜け出たを目の前にして、クラウスは首を傾げる。怖いと可愛いは全くの別物であり、どう考えても結びつかないものだ。
悩むクラウスを見て、は目を細めた。
「怖いのは悪くないですの。たとえば、子供を心配してお母さんが怒ったら子供は怖がるかもですけど、それだけ子供を心配してるっていうことでもありますの。例外もいれたらややこしくなるので、それは抜きにシンプルに考えて、ですけれど」
「それが怖いと可愛いと結ぶのかね?」
クラウスはを捕まえて再びベッドへ寝かせる。寝かしつけられながら、は語り続けた。
「結びますわ。怖いも可愛いも、感情が感極まって言霊を得たものです。だから怖くても可愛いですし、悪いことではないからクラウスさんが申し訳ないなんて思う必要はないということですの。こんなことになったのも、元をたどれば拙い私を心配してくださったクラウスさんの優しさ。私は深い感謝を抱いてますの。だから、ビックリ笑顔も可愛いと思っちゃいますの」
些か話がこんがらがって来た。クラウスの額に、遂に汗が滲み始める。
それを見て、は「最後に」と話を終わりへ持っていく。
「とにかく言いたいことは、クラウスさんの笑顔も魅力のひとつということでしたの」
おやすみなさい、ミスタークラウス。
そう言っては、頬を緩ませたまま瞳を閉じる。……程なくして静かな寝息が聞こえ始めると、クラウスは仕事へと戻った。色々と意味を掴みあぐねたり混乱したり疑問が浮かんだままだったりするが、当のが寝てしまっては致し方ない。
とにもかくにも、のすっかり和らいだ表情を見る限り、もう下手な無茶はしないだろう、という妙な確信があった。
戻ってきた彼を見て、ちょうど仕事に一区切りついたらしいスティーブンが珈琲片手に微笑む。
「おてんば姫は寝たかい、クラウス」
「寝る直前に私の笑顔を見て“可愛い”と言っていた」
「……そう、かい」
スティーブンがの守備範囲の果ての無さと天然さの度合いを改めて思い知った側で、の陰りを解決したクラウスは心なしかご機嫌そうにデスクに座ったのだった。
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