ドクター、ドクター・ロマン。
いつも私はあなたの背中を追いかけていました。同じものを見つめたくて、同じ場所に立ちたくて、平凡な私は死に物狂いで知識を身につけました。それでもあなたはずっと先を見つめ、ずっと先を行ってしまいます。
今も、あなたは私たちとは違う地平を見つめている。この果てを見つめている。感じている。あなたの笑顔の下にはそれこそ血反吐を吐くような努力があって、ひとりでひとりを磨き続けて突き詰め続けていくあなたに、あなたの孤独な戦いを、うっすらぼんやりと感じていながらも踏み込むことを許されない日々を、首を絞められるような思いで過ごしていました。
焼き尽くされた人理の修復のため、たったひとりのマスターに託された人類救済の旅。レイシフトのたびに、あなたは、あなたの笑顔の仮面を少しずつ、そおっとずらしていっていたような気がします。間違いなくあなたは、マスターを信頼していったのだと思います。夜を徹して彼とサーヴァントのモニタリングにつきっきりであったあなたの横顔を、いつか倒れてしまうのではないかと内心冷や汗をかきながら見つめていた人間がいることを知っていて欲しいです。
誰よりも心身ともに重労働の責務をしょい込みながら、周りに休息を促すあなたを、皆と同じもしくはそれ以上に私は案じていました。
あてがわれた細やかな休憩の間、私はとても懐かしい夢を見ました。
キャパシティを越えた私がパニック状態に陥った時、私の両肩を掴んであなたが宥めてくれた時の夢です。
「大丈夫、大丈夫だよ。落ち着いて呼吸しよう。……うん、そう。その調子。大丈夫。君はすごく頑張ってくれている。ちょっと無理をし過ぎただけ。……良い感じだ。さあ、一回分厚い本も紙束もパソコンも机に置いて、頭を空っぽにしてゆっくり過ごしてみようね」
「……ロマニ、さん」
「ロマンでいいよ。気に入ってるから」
「はい、ロマンさん」
その笑みに癒されたのは間違いありません。救われたのは間違いありません。今の私がここまで来れた理由に間違いありません。いつか私の目的は、あなたの抱く願いを果たす一助となることになっていましたから。たとえあなたの素顔を知らなくとも、ありのままを知らなくとも、肝心の願いの一片すら知らなくとも。
「ロマンさん、お饅頭食べませんか」
「ああ、ありがとう」
人理修復を行い始めてから、初めてあなたが和菓子好きだと知りました。こしあん派だということも知りました。私はケーキやチョコが好きだったから、真逆でした。嬉しそうにお菓子を頬張り茶を啜るあなたを見つめているのはとても幸せでした。ちょっと甘すぎたかな、と思った差し入れを、あなたはぺろりと平らげてくれました。そんなささやかなことに、私はどうしようもない嬉しさがこみあげてきたのです。
あなたの手袋の下に、ひとつの指輪が輝いているというのは、マシュ・キリエライト嬢から聞いて知りました。マスターからの言葉で改めてあなたが独身であることを聞いて安堵するほどには動揺を抱いていました。
それでも、きっとそんなに大切にはめられた指輪には、きっと大切な意味があるのだろうと、ずっと悩んでいました。まさかその大切な意味が、こんなにも果てしなく、果てなく、大きく、恐ろしいほど巨大なものであったなんて、知りもしないで。
私は泣きながら端末を操作していました。終局特異点で、ようやく本当のあなたを知りましたが、触れることはついに叶いませんでした。
私が少しでも勇気を出していれば変わったでしょうか。少なくともこんな後悔に押し潰されることは無かったでしょうか。もし、私が。なんて、遅すぎる全てが涙になって、こぼれてあふれて、行き先をなくした私の想いそのものになっていました。無意味に何かを濡らすだけ。
ドクター、ドクター・ロマン。
私はあなたを一方的に愛していました。いいえ、一方的に愛しています。これからもずっと、どうしようもなくあなたを愛し続けます。想わせてください、どんなに不毛でも構わない。それが私の、今の私の存在理由であるあなたへ、手遅れな私ができる精一杯なのです。
この間、久々に食べたお饅頭の味は、なんだかぼやけてしっくりしなかった。きっとこの先、私がお饅頭を美味しいなんて思う日は来ないのだと思います。
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