いつになく寂しげで泣き出しそうな彼女の目を見て、放ってはおけないと追いかけた。
オレから逃れるように部屋へと引きこもったを扉越しに説得して漸く扉を潜る。やんわり問い詰めると、ベッドの上で枕を抱えて横になったまま、半泣きでは訳を語った。
「カルナさんのお話を聞いたとき、私、童話を思い出したんです。ツバメが王子さまの像の願いを聞いて、像の宝石や金箔を剥がして街中の貧しい人々に与えるお話。王子さまの像には優しい王子の心が宿っていて、街で苦しんでいる人の為に毎晩涙を流してるんです。そんな王子のためにツバメは暖かい地へ渡ることをやめて、王子の言うとおりに、王子の装飾を街中に届けて回って。ついに冬を迎えたツバメは、王子さまの像へキスをして死んでしまって、その悲しみで王子さまの像の心臓が、鉛でできた心臓が割れちゃうんです。ぼんやりとしか覚えてないから、最後がどうなってしまうか、思い出せないけど。とにかくカルナさんは、あの王子さまの像みたいに、自分の身を平然と犠牲にしてしまいそうで、私、レイシフトのたびに、カルナさんが無理をしていないかって考えてひとりで不安になってしまう。マスターでもなく、共に戦うサーヴァントでもない、私なんかがいくら心配しても意味なんてないの、わかっているけれど、実は辛いです」
そう言って彼女は枕に顔を埋めてしまった。
が語る童話と自分の関係性がいまいち掴めなかったが、にとっては大いにあるらしい。彼女を悲しませた童話については詳しいであろう人物に後々聞くことにして、不安の最大の要因であろうオレ自身については「心配には及ばない」と言っておく。根拠は残念ながら無い。それでも、そう言わなくてはならない。彼女にとってオレの存在が不安を煽るだけのものになってしまわないよう、誓うしかない。
「通信でも大体様子はわかるんだよ? レイシフト先には有象無象が蔓延って魑魅魍魎の大運動会状態もザラじゃない。一生懸命サポートするったって、たったひとりのマスターくんの肩に私たちは気持ちを託すしかなくて、おまけに自分のことは二の次の次みたいなサーヴァントにこんな気持ちを抱いた私は……私は……ああ自分が情けないです……」
「そこまで深く想ってくれているのか」
「じゃなきゃちゃんとご飯食べて元気にしてますー!」
はこちらに背中を向けてしまった。拗ねてしまったらしい。オレはコミュニケーションというものが苦手だ。改善のため努力はしているが、なかなか実を結ばない。
ひとまず、持ってきた牛乳とパンをへと差し出し呼び掛けた。
「食べてくれ。でなければオレも不安になる。それ以上おまえが窶れては敵わん」
「……食欲無いんです、この間とびきり心臓に悪い戦い見たばかりで」
「無傷で済む戦は無い。それにオレはサーヴァントだ。マスターの命を受け戦うことが――」
「ごめんなさいわかってます! それでもあなたは私にとって特別なんです!」
背中を丸めたの声が遂に涙交じりのものに変わっていくのを聞いて、どうすればいいのか判らなくなってしまった。泣かせてしまったことをいくら悔いても、その涙を止める術をオレは知らず、落ち着かせる術もまた知らず。
……オレの困惑が伝わったのだろうか。僅かに落ち着いたの声が、小さくか細い声が聞こえる。
「勝手に特別にしてごめんなさい。でも、好きになっちゃったものは仕方ないじゃないですか……」
ごめんなさい、と再びは謝った。
「おまえが謝ることは何もない」
「カルナさんを困らせてしまってるじゃないですか。困らせてしまうって判っていながらガマンできなかったんですもん、謝りますよ、そりゃ……」
「……」
正しい手段かは判らないが、オレはベッドへ腰掛けると、寝転がるを抱き上げ膝に乗せた。面食らったが枕から顔を離して俺を見上げてくる。
「そのままオレに凭れて力を抜いてくれ。枕に顔を埋めるのも止めてくれれば尚助かる」
ぼうっとしたまま動かないから枕を取り上げて、改めて抱き直す。
不安定な言動どおりの頼りない体だ。髪の寝癖もそのままで、今日はとびきり気力が無いらしい。それとも今ついてしまったものなのか。髪を撫でてやると、くすぐったそうに彼女は目を細めた。ようやく反応らしい反応を見た気がした。卑屈なものではない、ありふれた反応。
「英霊として間違っているのかもしれないが、オレはおまえの為にも必ずこの場所へ戻ってくる。戦いで傷つくことは避けがたいが、それでもだ」
「はい、わかってます。カルナさん、強いから。私にも学習能力はありますから……」
「オレももう少し、おまえの気持ちを汲むために色々と学ばなくてはな。まずは燕と王子の像だったか……、その童話について調べることにしよう。オレと一体どんな共通点があるのか興味がある」
「自己犠牲的なところですよ、私の勝手なイメージもありますけど……」
「? ……自己犠牲?」
「自覚ないなら無いで良いです、仕方ないです、カルナさんの性質上身を削るのは当然みたいなのわかってます」
諦めたようにオレに身を預けてくる。
その髪に頬を寄せながら、オレは、ひとまずこの温もりを確かめることに集中した。控えめに添えられた手のいじらしさに微笑みつつ。
「……悪くない」
限られた時間、不安定な終わり、戦いの果て。終結が来ることは喜ばしいことだ。彼女たちの望む世界が続くならば。だがそれは同時に別れを意味し、その時この女の心はどれほど抉られるのかを案じるだけで身を切られるような思いがした。
それでも、彼女が容易く生を諦める人間ではないことをオレは知っている。だからこそここで彼女は彼女なりの戦いを……マスターらの支援という形で続けているのだ。
ならばオレは、やはり従うまで。
の語った童話を思い返しながら、そのが何時の間にか眠りについてからも、オレは彼女を抱き続けた。
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