は突如我に返った。形容しがたい鈍痛が脳内を打ち鳴らし、もやつく胸を押さえながら。
 場所は自室、ベッドの中。何度か確かめるようにごろごろと布団の中で動いてみる。
 服を着ていないことに気付いた。ああ、裸で寝るのがこんなに気持ち良いとは思わなかった。
 しかし、問題があった。
 ――なんで裸なの、私。そして……。

「なんで、なんでいるの、カルナさん!?」

 は絶叫する。ベッド上で頭を抱えて。此方に背を向けて立っているものの間違いなくその姿は愛しのランサーだった。
 壁と向き合ったまま、カルナの背は淡々と答えた。

「酷い酩酊状態だったのでマスターが心配して看ておくよう言ったからだ」
「えっ、うそ、そんなに飲んだ!? あ、そ、そういえばレイシフト先で良い酒がってなって……ああ、なんかすごく頭が痛い、胸やけが酷い、もしかしなくとも私……」
「先ほど盛大に吐いていた」
「あぁあ~……そうですかぁぁ……」

 恥ずかしさからはぐったりベッドへ頽れた。もぞもぞと布団を被り直し、しっかり体を隠す。「こっち向いても大丈夫ですよカルナさん」「わかった」律義に振り返るカルナの冷静な声に、は改めてあんまりな現実に向き合う。
 蛹のように丸まって動かないに、カルナは説明を始めた。

「ベッドから転がり落ちたと思ったらそのまま吐瀉し、服という服が汚れ、マシュを呼んで服を替えてもらっている最中だ。替えが無かったので取りに行ってくれている。洗濯物を溜めすぎるのはどうかと思うぞ」
「あぁ~……本当に申し訳ない……。マシュちゃんにも申し訳ない……」
「羽目を外しすぎたな」

 決して責めることは無いカルナの調子が逆にを追い詰める。恥ずかしさは限界を超えていた。吐瀉物に倒れこんだ大人の介抱などと余計な苦労をかけさせてしまった。立香が何かとカルナに指示をくれるのは、が一番ダメージを受ける人選であることを無意識のうちに気付いているからなのではないだろうか。そこにマシュも加えられるとダメージは倍増だ。朗らか・大らか・穏やかな顔をしていて実はやり手やも、とカルデア唯一のマスターの采配にこっそり恐れおののきながら、はタオルケットを体に巻き付けた。寒くはない。穴があったら入りたいくらいの羞恥心を覆いたいのだ。
 カルナはしばらくの様子を見守っていたが、またくるりと壁に向き直ってしまった。控えめで優しいこの英霊のことだ、いくら布を巻いて本人が気にしないといえども女が実質裸でいるのをじろじろ見るのはよくないと判断したと思われる。

「失礼しますっ」

 部屋の扉が開き、着替えを抱えたマシュがやって来た。マシュはが覚醒しているのに気づくと、ほっとしたように顔を綻ばせた。

「良かったです、さん。目が覚めたみたいで。その……酔いも?」
「うん、うん。本当にありがとう、ごめんねマシュちゃん」
「いいえ、いつもお世話になってますから! それに片づけはほとんどカルナさんが請け負ってくれたんです。私は本当に汚れた衣服を取り除いただけで……」
「それでもありがとうぅぅマシュちゃああん……。そしてありがとうカルナさん……」

 そしてそしてごめんなさい、と縮こまるに、マシュは優しく着替えを渡した。

「今度からは気を付けてくださいね、先輩もドクターも心配してましたから」
「うん、お酒には気を付けるね」
「ペットボトルの中は水です。あとこっちは薬で、お腹が空っぽだと思ってゼリーも……」

 机の上を指しながら説明するマシュへ、ありがとう、ありがとうと返しながらは服を着終わった。すっかり復活したの姿にマシュはすっかり安心する。

「あとはお願いします、カルナさん」

 それから安堵の笑みと共に出ていく。え、ちょっと待って、とが呟いたのは聞こえなかったらしい。するりと退出した少女の後ろ姿に手を伸ばしたものの気づかれることなく終わる。彼女の誤算はまだまだ続いていた。しばらく去ったマシュに意識を取られていたは、微動だにしないカルナの存在を思い出した。はっと振り返る。静かな瞳とかちあう視線。一瞬その美しさに呑まれかけながらも、鈍痛に脳の奥を突かれて我に返る。

「いや、カルナさんももう戻っていいでしょ!?」
「オレがいては困るのか?」

 は言葉に詰まった。立ち去ろうとしないランサーは、少し寂しそうに柳眉を下げていた。
 ……そんな切ない顔をされては、困るだなんて言えないじゃないか。ううう、と唸ったのち、は、

「正直、好きなひとがいてくれて困るってことは無いですけど」

 素直に白状した。
 毎日のように言い聞かせている。相手はサーヴァントなのだから、と。同時にこう思う。それでも惹かれて止まないのだから仕方ない。

「初めからそう言って貰えればオレも安心するのだが」

 それを誰に知らせるでもなく抱えるつもりが当の英霊に知られ受け入れられたのだから、開き直りもする。

「初めからって、いや、マシュちゃんの前では言えないですよ」
「そういうものなのか」
「わかってて言ってますよね」

 答え代わりに小さく笑うカルナに、ああやっぱり、とは愚痴た。ベッドから立ち、机の上に置かれたペットボトルを掴む。温い水をごくごくと喉を鳴らしながら流し込み、一息ついた。胃がぐるぐると鳴る。一瞬また込み上げてくるものがあって、は慌てて息ごと飲み込んだ。
 背を丸めたの顔色を見て、カルナは瞬きした。すぐさま彼女に駆け寄り、その背をさする。

「まだ落ち着かないのだろう、休んだ方が良い。……相当酔っていたからな」
「こりゃ本当に相当ですね……お恥ずかしい」

 呟いている最中に彼は断りなくを抱き上げた。尚更恥ずかしくなり言葉をなくすをベッドへ座らせ、英霊は安心したように息を吐く。子どもをあやす親のように優しく彼女の頭を撫でて、額へキスをした。ぎゅっとがシーツを握る。
 カルナはに顔を寄せたまま訊ねた。

「こういう時、何かを握るのは癖なのか?」
「……かも、です」
「愛らしいな」

 今度は頬に触れられて、はぎゅっと目を閉じた。眼差しと同じぐらい優しい唇の感覚に、心臓は破裂せんばかりに鼓動を打つ。やり返してやろうか、なんて思ったが、アルコール臭い自分の現状を思い出して黙り込む。アルコールだけならまだ良い。片付けてもらったとはいえ吐瀉物に落ちた身で過ぎた真似は出来ない。
 いつも以上に固まるを見て、聡い彼はフォローするつもりで口を開く。

「そこまで臭くはないぞ」
「ちょっとは臭いでしょ」
「酒の匂いが些かな。だがそこまで不安がるほどではない。女の柔らかな匂いだ」
「多分洗濯物の柔軟剤とかの匂いです」
「お前がオレの匂いを知っているように、オレにはお前の匂いがわかる」
「……獣か何かですか私たちゃ」

 相手が饒舌になったのが嬉しくて、カルナは笑った。

「獣の番か。そうか、お前とならばそれも良いかもしれない」

 頭を撫でていた手を滑らせて、の細い顎を捉える。やや強引に見上げる形になったの顔をじっくり眺めて、カルナが呟く。

「少しばかり、獣らしくしてみるか」

 彼の瞳から伝わる優しいものが妖しい色を見せ始めたのに、ははっとした。背中から腰を捉えるように回された英霊の腕は、一般人の身じろぎ程度ではびくともしない。寧ろ数回の身じろぎに比例して、その拘束はより強く固定されていった。胸板を押し返そうとしてみて、驚くほど自分に力が無いのを彼女は再確認した。生き物としての差もあった、しかしそれ以上に、彼の言葉と眼差しを受けて抵抗する気力を無くしていたのが強かった。体の内から燃えるような、少し意味が変わってきた鼓動の強さに、は情けなく眉尻を下げる。

「ああもう……なんでそんなに格好いいの……」
「お前の過大評価によるところが大きいと思うぞ」
「カルナさんの! どこを! 過大評価だと!? いくら言葉重ねても適切な評価に繋がらないぐらい素敵すぎなのに!!」

 力のこもらない両手でカルナの胸を叩いて、が訴えた。まだ酔いが回っているのだろうかとカルナも自身も思うほど、言葉のほうは勢いが良い。

「ってーか私にゃ、好きな人のこと、言葉尽くしても褒めたりないのは当然なの!」
「……もっと強く抱いても良いか」
「いっそ折れるまで抱きしめて」
「折りはしないが……」

 小さな奮闘を続けるを両腕で抱きしめ押さえ込み、カルナは言い淀む。珍しく困惑したような表情を浮かべて、非常に申し訳なさそうな苦笑で、腕の中の彼女にようやっと告げる。

「抑えが利くかは保証しかねる」

 ――どうぞ好きにしてください!
 見たことも無いカルナの姿に、感極まるあまり声の出し方も忘れ、抱き着いて応えるだった。

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