心細くって、心細くって、私はひとり部屋で泣いていた。良い年した大人が、部屋の電気もつけずにベッドで膝を抱えて座っている。今日の仕事も無事に果たした、なにも誰も咎めたりはしないはず。そう思って、ある意味安心しきって泣いていた。
ウィン、と部屋の戸が開く音がした。ノックもなしに入ってくるのはただひとり。
「、どうした」
……カルナさんだけ。普段はちゃんとノックをしてくれるけれど、時々、どうしてか私が落ち込んだりしている時に限って、ノックなしに部屋に入ってくる。少し切羽詰まったような声で、カルナさんは私に近づいてきた。ベッドの限りなく隅っこに寄る私に。ベッドに膝をつき、躊躇いがちに手を伸ばしてくる。カルナさんの指が私の目元に触れて、涙を拭った。
「カルナさん」
「ああ、俺だ。ノックもせずにすまない」
「良いんです、カルナさんなら」
「そうか、ありがとう。……何せ、様子がいつもと違ったからな、心配になって来てみた」
――いつもと様子が違ったからね、心配になって来てみたんだよ。迷惑だったかな?
懐かしい声が脳裏を過る。淡い微笑み。私に名前と居場所をくれた人。もうここにはいない人。
ドクター。ドクター・ロマン。ロマニ・アーキマン。
「ドクター……」
私の涙がまた溢れ出す。カルナさんは何も言わずに私の涙を拭い続けた。ドクター、ドクターと、うわ言のように繰り返す私に呆れることもなく、ただ付き添ってくれた。
しばらくしてようやく私の涙が止まると、カルナさんは、私の隣に来た。ぴたりと私に寄り添ってその緩やかな体温でもって語り掛けるように。暗に「話してほしい」と訴えられていることに気付いて、私は、口を開いた。
「私がカルデアにいられるようにしてくれたのは、ドクター・ロマンなの。特に秀でたところの何もない私を助けてくれて、『』という名前をくれて、人として接してくれたのは、それを当たり前にしてくれたのは、ドクター……。ドクターがいなかったら、私は多分、ドブの中でネズミより先に死んでいた」
「そんなに酷かったのか」
カルナさんに問われる。
「ええ。きっと驚くと思う。あまりもう、思い出すことは無くなってるんだけど」すんなり頷く私。
「思い出したんだな?」
指摘するカルナさん。私は、再び頷いた。
「……そう」
正直、思い出したくは無いし、今となっては記憶も朧げ。それでもあの頃に感じた絶望と恐怖は心のはしっこに根を張っていて、時折、思い出したように黒く痛むのだ。真っ黒に瞬いて、瞬きで心を刺す。目を閉じてもはしっこでそいつはいる。一度出てくると誤魔化しきれなくて、子供のように泣いてしまうのが常だった。
それを、ドクターはいつも見逃さなかった。私がそそくさと部屋に戻っていくのを見ていて、いつも「心配になって」と苦笑し、頭を掻きながら、和菓子を持ってひょっこり顔を出しに来た。連れてきた責任とかじゃない、あの人なりの優しさだった。ただならぬ想いを抱いたこともあったけれど、あの人の中にそういう存在が入る隙間はないことを知って、勝手に想いを散らせた。
優しいやさしいドクター。ロマニ・アーキマン。あなたの緑色の瞳は木漏れ日より尊く優しかった。
……カルナさんは黙り込んだ私の手を握った。あたたかい。
「」
呼ばれて、うん、と頷く。もういない人に縋りつくつもりはない。いなくなったあの人が安心できないような行動をとるわけにはいかない。ただ、ちょっと、フラッシュバックしちゃうのは、許してほしい。
「、頑張ったな」
「ありがとう、カルナさん」
空いた片手で、カルナさんは私の髪を撫でた。きっと親が子にそうするように優しい手つき。繋いだ手は指と指が絡まって、きゅっと結ばれている。
「だが、もし良かったら、今度から不調に見舞われそうな時は教えて欲しい。出来る限りオレはお前を支えたいんだ」
「……はぁい」
青く、碧く、透き通った瞳に訴えられて、惚れた弱みも含めて、私はこくりと頷いた。
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