私は化け物の子だと言われていた。実際きっと、そうなんだと思う。他の人たちとは自分が違うことを十分に理解していた。だから、どんなに苦しくて怖い目に遭っても仕方ないんだと思っていた。他の人にはない獣の耳も羽も尾も、忌み嫌われて仕方ないんだって。
……あの日、「こんなの間違ってる!」と、眩しいぐらい真っすぐな目をした――ソロモンさんたちが、狭苦しい牢を壊して救い出してくれるまでは。
そんな私の身の上を聞いてラウムさんは、眉間に皺を寄せて「ンだそりゃぁ!」と声を荒げた。一体何があってアジトに来たのかと聞かれて素直に話しただけなのだけれど、やっぱり気分を害したんだろうか。人が人を虐げることなんて特別珍しいことじゃないから、慣れているかと思っていた。けれど、ラウムさんは違うらしかった。
「こんなことしてる場合じゃねぇだろが!」
「ええっ?」
ベリトさんに言われているお掃除がまだ残っているのに、私から掃除道具を取り上げてラウムさんは怒鳴る。
「まだ助けてもらって三日も経ってねえって、テメエ、休んでろってんだ!」
「動けるよ私、これでも丈夫なんだよ」
「知るかコラ! これでも食って寝てろ!!」
ラウムさんが小脇に抱えていた紙袋を私に押し付けた。袋を開くと、とっても良い匂いがふんわり漂ってくる。輪っかのカタチをした、ふわっとしたもの。本当にこれ、食べられるの? 食べていいの? 私はどうしたらいいのか分からなくて色んな角度から眺めていると、「ドーナツってんだよコラァ!」ラウムさんが教えてくれた。
「甘いお菓子だコラ、それ食って元気になりやがれ!」
「ほ、本当に食べられるの? とっても良い匂いだよ、とっても珍しいものなんじゃないの? いいの?」
「ドーナツ知らねえってどんな環境で生きてきてんだテメェ……!」
ラウムさんが目元を指先でぐっと抑えて絞り出すように言った。声が少し震えてる。
「こんな奴に早々から掃除命令してるとかどんだけなんだベリトの野郎はァ……」
「いや、その……私がなにかやれることないか聞いたのが始まりだから」
「テメェがやれることだぁ!? 調子乗ってんじゃねぇぞコラ! 怪我人・病人は休むことが仕事なんだよ!」
「掃除の後もやることたくさんある……」
「オレに任しとけコラ! 言われたこと全部このメモに書き出せ!」
「ラウムさんに任せるのは違う……。私は助けてもらったお礼をみんなにしたいからやるの、だから……」
「知るかァ!! だったら分担作業だ、それなら文句ねぇだろ? これ以上譲歩できねえぞコラ」
荒々しい口調と勢いに、戸惑いはするけれど、不思議と怖くは無かった。牢屋での生活は怒鳴り声どころかひそひそ声すら恐ろしくてたまらなかったのに、ラウムさんの大きな声は、何故かちっとも心がぎゅっと縮まない。しっかり聞いていれば、口調は荒っぽくても、とても私に気を遣ってくれているのがわかったし、心配してくれているのはひしひしと伝わってきていたから。
私を休ませたい、けれど私の意思をまるっきり無視したくはない。そんな優しさが伝わってきて、改めて有難さを覚える。
「だったら、このドーナツも分担作業しなきゃ。ラウムさん」
「テメエに買ってきたのにそれだと本末転倒だろーが!」
ラウムさんの優しさが激しい。そうとしか私は形容できなかった。
こんなにかわいくてキラキラしてふわふわなものを私だけが食べるなんて勿体ないし、仕事を分担してもらうならドーナツも分担してもらわないと私は落ち着かない。きっとうじうじと引きずってしまう。
「だ、だったら私が好きなようにしていいはず。ドーナツ一緒に食べてください、そうしたらラウムさんの言う通りにする」
「ドーナツ大好きだから上等だコラァ! 行儀よく座って食べるぞコラ」
ラウムさんと並んで座って、改めて私はドーナツを手に取った。あんまり美味しそうだったからお腹がきゅうっと鳴ったけれど、ラウムさんは聞いてないふりをして「いただきますだコラ」ドーナツを食べ始めた。私も勇気を出してドーナツにかぶりつく。すんなりと前歯で噛み切れた。パンに似ているけど違う。とっても甘い。
「ラウムさん、ドーナツはすごく美味しいんだね」
「良かったぜコラ」
「本当に元気になる気がする。ありがとう、ラウムさん」
もぐもぐとドーナツを食べ進めていると、ラウムさんはぽつりと呟いた。
「……助けられる前の話、無理やり聞いて悪かったなコラ。そこまで大変だったとは知らねーで踏み込んじまってよォ」
「ううん。何があったのか気になるって当然だよ。いきなりお家に化け物がいたらびっくりするもの」
「テメェは化け物じゃねーだろがコラ!」
ラウムさんが本当に怒っているのがわかった。その怒りがどこからどうして来たものか一瞬理解に戸惑ったけれど、私の為に怒ってくれているのだと気づいたとたん、目頭が熱くなった。涙がじんわり溢れて、ぽたり、ぽたりと落ちていく。ドーナツの甘さと涙のしょっぱさが混ざって、変な味がする。
「確かに他のヴィータよりフワフワモコモコしてっけどよ、それだけだろが! ウサギさんみたいなもんだコラ! ドーナツ美味いって泣く、普通よりちょっと泣き虫なヴィータだ!」
これで顔拭いとけ、とラウムさんは綺麗なハンカチを私に寄越した。ドーナツでべたついた手もついでに拭いとけコラ、と。確かに手がべたべたしていた。涙を拭いて、手を拭いて、洗って返さなきゃなと思っていたらラウムさんがハンカチをさらって行ってしまった。
ハンカチを雑にしまった後、ラウムさんは立ち上がった。
「よっし、掃除すんぞコラ! くれぐれも無理はすんじゃねえぞ!」
「はい」
終始勢いのある怒声で話し続けるラウムさん。ソロモンさんたちは私とラウムさんが一緒に掃除をしているのを見て驚いていた。どうやらラウムさんはその見た目や口調から怖がられることも多くて、いろいろ大変だったらしい。そういえばソロモンさんたちに比べて目つきは鋭いし荒っぽい喋り方だけれど、私は、そうなんだ、としか思えなかった。
甘いあまいドーナツを私の為に買ってきてくれて、綺麗な白いハンカチを躊躇うことなく差し出してくれたラウムさんが、怖いわけないじゃないか。私はとっても嬉しかった。
「変わった子ですね」と言うマルコシアスさんの笑顔がとても柔らかかったから、私はことさら嬉しくて、ぎこちないながらも笑顔を浮かべた。
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