ソロモンたちがアジトに戻ると、エプロン姿のが尻尾を揺らしながら駆け寄ってきた。両手で大きな皿を支えており、その皿いっぱいにドーナツが乗っている。隣には同じくエプロン姿のジズ。

「ソロモンさん、ドーナツ作ったよ」
「ジズもおねえたんをてつだったの! おにいたんたちにあげるの!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねるジズの頭を撫でながらソロモンは笑った。

、ジズ、ありがとう。アジトのこと色々やってくれて助かるよ。お陰で『使用人を置け』とか言われなくなったしな」
「私もジズも、ソロモンさんたちに救われたから。役に立てて嬉しい。ね、ジズちゃん」
「うん! うれしい!」

 ジズの耳がぴこぴこと揺れる。の耳も何となく揺れているように見えた。
 普通のヴィータとは少しばかり異なる外見を持つ二人は、出会ってから姉妹のように仲良く過ごしている。迫害を受けた者同士、通ずるものがあるのかもしれない。似た特徴を持つを「おねえたん」とジズは慕い、もまた実の妹にするように優しくジズを慈しんでいる。
『ジズちゃん、小さいのに辛かったろうね。ソロモンさんたちに出会えて良かった、本当に良かったね』
 いつだったか、涙ぐみながらジズの寝顔を眺め、そう溢していたの姿を思い出して、ソロモンは目を細めた。

「おにいたん、食べてたべて! つかれたときには甘いもの、だもん!」
「あ、ああ」

 ジズに急かされ、我に返ったソロモンはドーナツを手に取る。ぱくりと迷うことなく一口頬張る。じいっと見上げてくるジズを見つめ返し、彼は、にっこりと笑った。

「美味しいよ、ジズ。疲れも吹っ飛んでったみたいだ!」
「やったー! おねえたん、やったね!」
「やったね、ジズ」

 ジズとハイタッチするを改めて見て、ソロモンは気づいた。
 ――やっぱり、耳、動いてるなぁ。尻尾もちょっとだけ。
 後からやって来たメギドたちもドーナツを食べては「美味しい」と感想をジズに伝えてくれる。それが嬉しくて、またジズはぴょんぴょんと跳ねる。大皿をしっかり抱えて仲間たちのもとを巡るジズの姿を、は幸せそうに眺めていた。
 小さくとも追放メギト、しかしジズはあまりにも幼い。メギドもヴィータも幼ければ、頼れる大人を必要とするのは同じなのだとは痛感する。どこかメギドという存在を特別視しすぎていた。特別には違いないのだが、どんな種族であれ、幼い子を導く大人の存在はどこにだってあるものだ。まさか自分がメギドの子供をこうして世話するようになるとは思わなかったが、似たような境遇・似たような迫害を受けてきたことから、は、ジズを他人と言い切ることが出来なかった。
 今まで辛い目に遭ってきたぶん、これからはたくさん楽しいことに触れて欲しい。
 そんな思いからは、ヴィータなりのやり方ではあるが、ジズには肉親のように接することを心掛けてきた。小さな子供がしなくていい苦労をすることなく、のびのび育つように。
 ――たとえメギドであろうと、それ以前に彼女は幼子なのだから。
 ソロモンもその考えには賛同していて、仲間たちもジズを温かく見守る形になっている。その反面、メギドとしての力は本物で、戦いでは同じメギドとして肩を並べて敵に立ち向かう。アンバランスに見えるかもしれないが、ジズはソロモンの存在を支えに励んでいた。その健気さにはますます切なくなる。

「んだコラァ、なにしょぼくれてんだ」
「ラウムさん……」

 ドーナツを食べ終えたらしいラウムに声を掛けられて、は初めて自分が落ち込んでいることを知った。

「うんとね、何て言うか……やっぱりヴィータはヴィータで、あんまり役に立たないのかなって……」
「何言ってんだコラ! 役に立ちまくりだぞコラァ! むしろ頑張りすぎてブッ倒れないか心配な勢いだってんだ!」
「みんなに比べたら、全然大丈夫だよ」
「人それぞれ限界は違うんだコラ! 比べるもんじゃねえぞ!」

 ラウムの激励は温かく、弱った心にはよく沁みた。視界がぼやけかけて、慌てて気を引き締める。
 ソロモンたちに褒められ、満面の笑みのままジズがのもとへ戻ってきた。仲間たちにドーナツを配り終え、空になった皿を見せつけるように掲げながら。

「おねえたん、おねえたん、空っぽだよ! だいせいきょう!」
「そうだね、ジズが頑張ったからだよ。良かったね」
「うふふ! おねえたんもうれしい?」
「嬉しいよ」
「よかったぁ。ジズもすっごくうれしい!!」

 皿を受け取り、はジズの頭を撫でた。気持ちよさそうに頬を緩める少女の姿に、ますます護りたいという気持ちがわいてきた。非力な自分では出来ることなんてないのかもしれない、と弱気がすぐ顔を出す。同時に、非力だからこそ力を尽くしたいとも考えた。

「おねえたん、大丈夫? なんだかげんきないよ?」
「ん、大丈夫だよ。ちょっとぼんやりしてただけだから」
「もしかしておねえたん、つかれてる?」

 心配そうに眉を下げるジズ。彼女の目にも明らかなほど自分がくたびれていることに少しショックを受けながら、は否定した。

「疲れてないよ。ジズこそ張り切って疲れたでしょう、後はゆっくりしようね」
「……うん、わかった」

 ジズをソロモンたちに任せて、ひとりは厨房へ戻る。冷めた油や鍋、皿を片付けて、今度は夕食に向けての準備を始めた。今日アジトにいるメンバーの顔を思い出しながら、レシピノートをめくる。流石にひとりで全員分の食事の用意は出来ないため、だいたい時間になるとアジトにいるメンバーが何人か手伝いに来てくれた。が来る以前、料理担当の主力であった人物ばかりなので、まだまだ教わることの方が多い。
 にとって家事とはかつて、日常的に行うものだった。しばらくは離れていたものの、こうしてソロモンたちのアジトに来てからは勘を取り戻しつつある。昔とは比べ物にならない量ではあるが、外に出るより家の中で何かする方が好きなのもあって、楽しく取り組めていた。
 だが、疲れるものは疲れる。
 ……少しだけ休もうと、椅子に腰かけた。ふう、と背もたれに体を思いきり預けると、古い椅子は小さく軋んだ。この音がは何となく好きだった。部屋の向こうから自分以外の誰かの声が届いて、その輪に加わっていられる今をゆっくり噛み締める。
 がぼんやりとしていると、厨房の扉が開いた。

「おねえたん、やっぱりジズも手伝いにきたよ!」

 満面の笑みを咲かせるジズだった。「オレも暇だからやってやンぞ!」と後ろにはラウムの姿も。

「ジズ、ラウムさん……い、いいの?」
「うん! ジズね、もっとたくさんお料理おぼえたい! おねえたん、教えてね!」
「二人ぽっちじゃ限界あんだろコラ、もっとオレらを使うって術を身につけろや!」
「ありがとう……二人とも」

 共通点のなさそうな二人を見て、何故かは似ていると感じた。人懐っこいジズと、強面で誤解されやすいラウム。二人の優しさと思いやりが心底嬉しい。
 エプロンをし直して、は気を引き締める。

「それじゃあ今日のお夕飯、作りましょう!」

 あい!とジズが手を上げ、おう!とラウムが頷く。
 家族というのは、きっとこういう温かさのあるものなのだろう。は慈しむように二人を見つめていた。

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