雪が降った。真っ白で柔らかく、鋭く冷たい雪のなかを、は顔を赤くしながら進む。少し先を歩くラウムが雪をかき分けてくれるおかげで、その後ろをついて行く彼女はあまり雪に触れずに済んでいた。スコップで雪をかき、道を踏み固めるラウム。少し遅れて続く。
本来がひとりで行うつもりだった雪かき作業だが、早起きしたラウムに見つかり、ほとんどラウムに先導してもらいながらする形になっていた。実際ラウムのパワーで作業はハイスピードで進行していたし、恐らくが5人いてもラウムひとりに敵わない。ラウムが大まかに雪を片付け、残った部分をが請け負う。理にかなっている。かなってはいるが――は申し訳なかった。
「ごめんね、ラウムさん。ほとんどやってもらってる」
「こういうのは慣れてる奴がやりゃいいんだコラ! 尾っぽ雪まみれだぞ!」
「ああっ」
ラウムに指摘されてが尾を見ると、雪がついて毛が湿っていた。勢いよく尾を振るとついていた雪も僅かな熱により溶けて出た水もほとんど吹き飛ぶ。尾を引きずらないようにくるりと巻いて、意識して体にくっつける。のしぐさを見てラウムは唸った。
「耳や羽だけじゃなく尾もカバーできるような服がありゃあなぁ……。オレにゃよくわかんねーけど、同性だったらそのあたりも相談に乗ってもらえっかもな……」
「こ、今度、アミーちゃんたちに聞いてみる」
「おう! 一緒に街に買いに行きゃ気分転換にもなっからいいだろ!!」
内気なを思いやり、ラウムはそれとなく彼女に交友関係を聞くことがある。躓いているようであれば何らかの手助けをするつもりで聞きだしているのだが、だいたいは彼の杞憂で終わっていた。心配が的中してしまうのは、こういった頼まれごとがあったりするときだ。追放メギドの皆は戦いもあって疲れているから、と気を遣ってあれこれひとりで片付けようとするを、何度もラウムは諭してきた。
――内気なだけじゃなく結構な頑固だな、コイツ……!
この雪かきとてそうだ。アジトの周りだけとはいえ一人で片付けるには厳しい量がどっかり降り積もっている。ラウムがいなければ他の誰かが手伝っていただろう。……こんなにも早い時間でさえなければ。
「ったく、早寝早起きにも程があんだろぉ……!」
……渾身のラウムの活躍により、除雪作業は滞りなく、の想像以上に早く終わった。
アジトの中に戻ると外がどれほど寒かったのか骨身にしみてわかる。かじかんだ手を擦り合わせながら、ラウムは暖炉へと近づく。すぐに脱いだ濡れた防寒着は、が自分の分も一緒に壁にかけてくれた。次いで彼女が持ってきたタオルを受け取り、暖かなココアの入ったマグカップを受け取り、椅子に座る。ようやくラウムは、ふう、と大きく息を吐いた。
「ありがとう、ラウムさん」
向かいにが座る。まだ鼻先や頬が赤い。浮かべる笑みもやや凍えているように思えた。それだけ寒かったのだから仕方ない。珍しく赤らんでいる彼女の顔を見ていると、ラウムは何だかくすぐったいような感覚に陥った。このくすぐったさは気が付いたらラウムのなかにいて、そのきっかけが恐らくほわほわのであろうということだけは分かっていた。
「こんぐらい朝飯前だってんだ。ちゃんと毛拭いとけよ」
「ラウムさんも汗ふいてね」
「勿論だゴラ」
雪かきは思った以上の重労働だ。冷たい雪を持ち上げては投げ、持ち上げては投げ。次第に体は『寒いのに暑い』という矛盾した状態になる。風邪など引いていられないから、しっかり汗を拭う。
そのラウムの前で、髪やら耳やら尾についた雪を払い、丹念に拭く。羽は服の中にすっぽりしまうことが出来ていたのが幸いだった。それでも拭かねばならぬ場所が多いことに変わりなく、少し手間取っているようにラウムは見えた。
……ずりり、と音がしては瞬きした。
ラウムが椅子を引きずりながら此方へ近づいてくる音だった。
驚くを、じっと見つめ、ラウムは、
「し、尻尾触っても大丈夫かよ」
「え?」
「拭くの手伝ってやるってんだよコラァ! 早くしねーと風邪引いちまうだろーが!」
「えっ!? あ、ありがとう……」
向きを変え、はそろりとラウムに向けて尾を差し出した。ラウムは、両手で広げたタオルでの尾をそっと包み、優しく撫でるように拭き始めた。はまだ少し驚いていたが、「さっさと髪とかも拭けよ!」と彼に急かされ、慌てて手を動かし始める。汗に濡れた髪はともかく、耳はそれほど雪の影響を受けていなかった。
ラウムが尾を拭いてくれたお陰で、またもやの「するべきこと」は早く片付いたのだった。
雪かきに続き世話になった礼に、改めては頭を下げる。
「ありがと、ラウムさん。雪かきして、尾を綺麗にしてもらって……本当にありがとう」
「こっちもココアありがとうございますだコラ」
「……ラウムさん、甘いもの好きだよね」
ついは笑ってしまった。「わ、悪ぃかよ!?」どうしてラウムが声を荒げるのかもわかる。怒っているのではなく、恥ずかしいから。「良いと思う」とが即答すると、彼は少しほっとしたような顔をしてみせた。
強面で、何かと荒っぽい口調なのに、やることなすことが情に満ちているラウム。そんなつもりはなくとも凄んでいるような、圧迫感のある風貌は、仲間内でもまれに誤解されるほどだった。も全く怯えなかった訳ではない。だがそんなことは遠い昔のことに思えるぐらい、ラウムの人の良さの方が日毎に色濃く焼き付いていた。
微笑ましさのあまり、はこんな提案をした。
「ラウムさん、今度一緒にお菓子作ろう? ロールケーキ作りたいの」
「そ、そんな女々しい繊細な作業できねぇぞコラァ!」
「存外向いてると思うんだけどな、私でも出来るから」
「無理だムリ!!」
ラウムの拒否に、は残念に思いながらも「そっか」と引き下がる。好きなひとに嫌なことを押し付けたくはないので当然の判断だった。あくまで先の発言は気紛れのものであるように、いつも通りの調子でゆっくり続ける。
「それじゃあ、作ったケーキ、絶対に食べて感想を聞かせてね」
「それぐれぇならいくらでもやってやんぞコラ……」
どことなくラウムの返答は歯切れが悪かった。どうしたの、と尋ねる代わりに首を傾げるに、ラウムは深呼吸をしてみせ……いつも以上に気合の入った眼光をに向けた。
「けどよ、気が向いたら作ってみてやってもいいぞコラ!!」
精一杯繕ったものも忘れて、は満面の笑みで頷いた――……。
(Title by 夜風にまたがるニルバーナ)
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