アンドラスはと寝た。文字の通り。一晩共に過ごした。文字の通り。
すやすや眠るの耳や尾をアンドラスが撫でていると、換毛期なのか白い毛がふわふわと抜けた。その毛を適当に集めて丸めておいて、彼女に腕枕をしてやりながら、アンドラスも就寝した。
改めて確認する。二人は一緒に寝たのである。ただ、本当に、寝ただけ。
そうして――。
「これは何だろうね」
「なんでしょ……?」
朝、起きた二人が見たものは、もこもこと動く毛玉であった。正しくは毛玉のような生き物だ。ヴィータのように顔があり、手があり、足がある。もこもこの白い毛を服代わりに纏った小さなヴィータ。赤ん坊に近いだろうか。そしてその赤ん坊の顔は……何故かアンドラスにそっくりだった。
「の換毛期が面白くて抜けた毛を集めていたけれど、そういえば君はフォトンを見ることができたんだったね。恐らく君の成長が他者に比べて緩慢なのは、フォトンが関係しているのは間違いないと思っていたけれど……そうか、君の毛には根元から先までフォトンが満ちているのか。それを寄せ集めたら疑似的な生命が……いや、こんなハチャメチャな理屈で通るのかな……。実際存在してしまっているし……。自我も少なからずあるようだ……これは、興味深いな……」
「アンドラスさんでも訳がわからなくなることあるんですね……」
「いや、だって毛玉が人型をとるんだよ? そりゃあ俺でも考えが及ばないさ」
アンドラス似の毛玉生まれの赤ん坊は、に抱かれて満足そうに笑っている。アンドラスと似た、少しどこか遠いところに対する反応のような笑みで。が指を伸ばすと、その指をきゅっと掴み、またにたりと笑う。試しにアンドラスも指を伸ばしてみると、きゅっと掴み、やはりにたりとする。
何だか子供らしくない表情だ。子と言う表現が正しいのかどうかすら曖昧だが。
「少し貸してくれ」
から自分そっくりの子供を受け取り、アンドラスなりに診察してみる。不思議なことは発生条件以外特にない。明らかにこの毛を纏った子供は生きていた。
「俺たちの子供というと語弊がいろいろあるから……ホムンクルスとでも呼んでおこうか」
「ホムンクルス……。錬金術で作る疑似生命体のことでしたっけ」
「まあ、そんなところ。こいつにはピッタリなんじゃないかな」
診察したときにアンドラスは気付いた。この毛玉生まれのホムンクルスは、一時的かつ奇跡的に姿形と命を授かったのだと。
恐らく普通に過ごして数日の命だろうと。
何せ元がの抜け毛なのだ、それだけ生きれる方が上々だろう。
そしてアンドラスの興味は生命体の寿命より、どうやって生命体が生じるに至ったかに移っていた。
「恐らく数日の命であろうこのホムンクルスだけど……」
「数日ですか……」
「ああ。……こいつは恐らく、君のフォトンを見る力の影響によるものだと俺は思う」
アンドラスの仮説はこうだ。
「君はヴィータでありながら長命者でもある。これはフォトンを見るだけでなく、自然と集めているからなのだと思う。怪我の回復速度もこれが原因だ。本来ヴィータ体の回復力、細胞分裂回数というのは決まっているものだから寿命が短くなることはあれど長命になるというのはすごく珍しい……。君はやはり特殊ななにかを持っている。以前ソロモンに君を見てもらったとき、フォトンが導かれるように動いていたと言っていた。、君は常にヴィータ体の限界以上のフォトンを内包していて、かつそれに耐えうるだけの体と仕組みを持っている。そんなフォトンに満ちた毛を寄り集めたら何故かどうして疑似生命体を、なぜか俺にそっくりのホムンクルスを作り出した」
「多分それは、アンドラスさんが毛を集めたからだと思います」
アンドラスの話を聞いて、が口を開く。
「私の抜け毛? を材料にして、アンドラスさんが集めて作ったから……。同じ粘土を与えても個々で作品のかたちが変わるみたいに……。そういうことなんじゃないかなあと、思います」
「その仮説を証明するには、今度は俺じゃない別の相手と寝て、夜通し抜け毛を集めてもらわなくちゃな」
「そんな暇ある方いるでしょうか」
「結構いるよ。俺も暇ってわけじゃなくただ何となく君と寝たらよく眠れるだけだし」
アンドラスの言葉は矛盾しているとは思った。抜け毛をどこまで集めたのか知らないが、このホムンクルスが出来上がるまで毛を集め続けていたということはそのぶん眠れていないはずだ。それでも眠たげなどころかさっぱりした顔をした彼の様子からするに、休むには休めたということか。
「とりあえず、短い命だろうけれど世話をしよう」
は、アンドラスの笑みにこくりと頷いたのだった。
アンドラス似のホムンクルスは、実に大人しかった。がおんぶ紐で背負っている間も、一段落して腕の中であやしている間も、泣き声一つあげない。逆に笑い声も何もしない。興味深そうに周囲を見つめ、につつかれたりすると楽し気ににんまり笑ってみせるだけだった。
アジトの面々には、アンドラス似の子供をあやしているということで大きな誤解を生みかけた。は必死に一晩の出来事を説明し、決して本当の子供ではないことを強く主張した。すればするほどゼパルなどはにやにやとしていたが、アンドラスの口添えでようやっと、どこかつまらなそうな顔で納得してくれた。
はアジトにいる様々なメギドたちに、ホムンクルスを見せたり撫でたりしてもらった。数日の命、というアンドラスの宣告がつねに脳裏にあり、ならばせめて沢山の思い出を作ってやろうと、アジトを出て森や海を見に行ったりもした。
一日、二日、三日。ホムンクルスのために奔走しているうちに、時間はあっという間に過ぎた。
ホムンクルスは無口だった。何もしゃべらなかった。四日間が必死に世話を続けたが、遂にその声を聞くことは叶わずに五日目を迎えようとしていた。
そんな、四日目の夜更けのことだった……。
「調子はどうだい」
「変わりなしです」
様子を見に来たアンドラスに、ホムンクルスを抱きながらベッドに腰掛けるが返す。
「いろんなものに興味津々で、本当にアンドラスさんそっくりですよ。でもこの姿ですから動くのは難しいみたいで。とにかく視線が忙しないですね。一人でににまにましたり、可愛いです」
「可愛いのか、それは……」
「可愛いですよ」
ホムンクルスの髪を撫でながら、彼女は微笑む。
「子供が出来たらこんな感じなのかなあ、とか。お風呂に入れたり、一緒にご飯したり、まあ毛玉生まれのせいかヴィータとはちょっといやかなり違う対応を求められましたけど、可愛いです」
「この毛は服と言うより本当に毛のようだね」
「はい。ちなみに男の子か女の子かわからないです」
「……なるほど」
の隣に座り、改めてアンドラスは自分似のホムンクルスをまじまじと見つめた。
「にしても無口だなあ。世話をやいてくれるにありがとうの一言でも言ったらどうだい?」
「こんな小さい子には無理じゃないですかね」
「わからないよ。ホムンクルスっていうのは元から深い知恵を与えられていることも多いんだ」
ぷにぷにとホムンクルスの頬をつつきながらアンドラスは話した。
「さすがの俺も疑似的にとはいえ生命を作り出そうとはなぁ……。偶然の結果とはいえ、これはいい経験だよ」
「面白かったね、レラジェさんに『責任ちゃんと取るんだろうな!?』って迫られてたね」
「俺はあまり面白くなかったけれど、この偶然の産物の責任はとるつもりさ」
自分と同じ陽彩の瞳。ホムンクルスのそれは鏡のようにアンドラスを映す。
生命と生命が視線を交わし、互いに何かを察したように瞬きをする。
静かな無音のやりとりを間近に、は何となく感じ取った。
「この子、今夜で死んじゃうんですか」
「恐らくね」
アンドラスは隠さなかった。
「きっとひとりでこの命が尽きるのを見たら傷つくだろうから、慰め程度にはなるだろうと思って来たんだよ」
「慰め程度だなんて。とっても心強いですよ」
ホムンクルスの顔を覗き込みながらは返した。指を伸ばせば当然のように握り締めてくる。少しの距離なら歩くこともできた。アジトの面々にも可愛がられ、声は上げなくてもよく笑っていた。ジズやコルソンたちに囲まれて、楽しそうに体を揺らしていた。ふわふわ、り。白い毛並みがよく靡いていた。のそれとよく似た艶で。
うとうとと、眠そうにホムンクルスは瞬きをする。くたりとの腕の中で体の力を抜いている。毛玉から生まれただけあって、この子はとても軽かった。
「もうすぐですかね」
「だろうね」
そっとホムンクルスの首元に指先を当てて、アンドラスは脈を確かめる。酷くゆっくりで弱々しいながら、まだ感じられる程度に息づくものがある。しかしそれも、分刻みで遠のいていく。
子がのろりと目を開き、とアンドラスを見上げた。ゆるゆると、今までろくに開かなかった口を開いて。
「……あり、がと」
二人は耳を疑った。子はすぐに目を閉じ、半開きの口で深く永い眠りへと踏み入った。
机の上の置時計を見る。ちょうど日付が変わったところだった。五日間、この生命は生き抜いた。
そして……静かにその幕を閉じた。
瞬間、ホムンクルスは強く発光した。あまりの眩さに、は子を落とさぬよう必死になった。アンドラスも反射的に目を閉じる。
光は数瞬のうちに収まり、すっかり消えると、ホムンクルスは……抜け毛へ戻っていた。
は己の抜け毛を抱えて、その毛を何度も掻き分けて探って、はらりと涙を溢した。
「喋れたんだ……」
はらはらと零れ続ける涙を、アンドラスの指先が掬う。
「俺たちの会話も理解していた可能性が高いね」
「何だろ、悲しいというか寂しいというか、ちょっとビックリしてしまったというか……」
戸惑いながら泣き続けるの涙を、アンドラスは何度も何度も拭い続けた。
やっぱり優しい彼女は、疑似生命といえど喪ったことに傷つき涙してしまった。その理由に、あの生命が自分の面影をうつしていたことは少しでも関わっているのだろうか。もしそうだとすれば、何故か少し喜ばしかったし、わざわざ自分に似た顔で生まれることを決めた生命体を少し憎らしくも思った。全く別の誰かの姿ならを傷つけることはなかったのかもしれない、などとと、冷静に考えると随分自惚れた想いが過ったのだ。
それをアンドラスは一笑のうちに閉じ込めて、を案じた。
「どうしよう、この毛、この子? どうしたらいいだろう……」
「古典的だけど埋めてみるかい。大地の恵みに還るように」
「はい、明日起きたら、そうします」
「俺も手伝うよ」
アンドラスは何処からか布を取り出すと、からホムンクルスの亡骸――傍から見れば白い毛の塊でしかない――を取り上げ、布にくるんだ。それをベッドの枕元にぽんと置くと、まだ泣き続けるの頭を撫でた。
「月並みな言葉で申し訳ないけれど、君のお陰で幸せだったと思うよ」
そもそも感情があるのかどうかなどと、野暮な確認はしない。
あの生命体は、最後の最期に間違いなく「ありがとう」と二人に伝えてくれたのだから。
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