珍しくがぼんやりしていたから、何となく声を掛けてみた。
「こんばんは、」
「アンドラスさん……こんばんは」
少し驚いたように彼女は瞬きして、淡く微笑む。いつも何か仕事か作業をしている印象だから暇そうなのは珍しいね、と素直に告げると、は首を振った。
「アリトンさんたちもいるから、結構、そんなに珍しくないですよ」
「じゃあ俺がたまたまの忙しい時に出くわしているっていうことか」
「そうですね」
ちょっと勿体ないな、と思ったのは何故かというのはひとまず置いておいて、俺は彼女の座るソファーに並んで腰かけた。向こうのバーでは酒を飲み交わすメンバーがいる。子供たちはもう寝たか、家に帰っただろう。結構な時間だった。
「、少し君の尻尾を触ってもいいかい?」
「はい、どうぞ」
ふさり、と揺れた尻尾が俺の膝上に乗っかってくる。容易く叶った願い事を存分に堪能するため、俺はの尻尾を両手でわさわさと撫で回した。ううん、何度触れても不思議だ。普通のヴィータには有り得ない特性だ。こんな末端まで神経が血管が通っていて、立派な尻尾。フォトンをはらんでいるらしい艶やかな毛並みに称賛の意を込めて丁寧に毛を撫でつけてから、「ありがとう」と尻尾を解放する。
「どういたしまして。このぐらいだったらいつでも」
「いつでも それは嬉しいな。君の体は興味が尽きないから……」
思わずに向かって前のめりになった俺に、「コラ!」と怒号が飛んでくる。何事かと顔を上げると、ラウムがいつも通りのしかめっ面で俺たちを見下ろし、仁王立ちしていた。
「何かに変なことしようとしてたんじゃねぇだろうなコラ」
「心外だな、ラウム。言質を取っただけさ」の手を握ろうとしていた両手を下ろして、俺は肩を竦める。
ラウムは眉根をこれでもかと寄せて、苦笑気味のを見た。
「……、アンドラスは悪い奴じゃねえけど気を付けるとこは気を付けとけ。何でも安請け合いするんじゃねーぞ! 探求心が行き過ぎて変なノリ起こすからなコラ」
「わあ、結構的を射た発言。君ってそういうところあるよね」
「オマエは無茶苦茶しすぎなんだコラ」
一体いつのどのことを指摘されているんだろう。首をひねる俺とお行儀よく座るに向かって、「それより」とラウムが口を開いた。
「ちょっと外行かねーか。今日はとってもお星さまが綺麗なんだぜコラァ!」
……実に彼らしいと思った。きっと、夜空を見てラウムは、のことを思い出したのだろう。そしてを誘おうとしたら俺もいたから、俺のことも一緒に誘ってしまおうと。ラウムのことだ、純粋に、人数が多ければ楽しいと思っているに違いない。
「お星さまねぇ」
「興味なさそうだなコラ」
もしラウムに俺のことが「わぁ。お星さま? それは素敵だね、是非見に行こう!」なんて言うようなキャラクターに見えているとしたら腕のいい眼科か俺手製の目薬でも勧めているところだ。
はというと……ちょっと目を輝かせて、うずうずしている。あ、可愛い。……俺だって誰かを『可愛い』と思うことぐらい、あるよ? 彼女は小さな声で言った。
「お星さま、見たいです。三人で見ましょう」
「え? 俺は良いよ、二人だけで行って来たら?」
「せっかくだから三人で行くぞコラ!」
「俺の意志は無視かい?」
迷惑ですか? と暗にの目が訴えていたから、彼女が気分を害する前に腰を上げる。すると、ほっとしたような、嬉しそうな顔をして、も立ち上がった。
……外に出ると、なるほど、確かに見事な星空が広がっていた。わあ、と俺とラウムに挟まれたが感嘆の声をあげる。ちらりとその横顔を見やると、美しい星々の光の粒が、その瞳いっぱいに反射していた。
「綺麗だね」
「だろ!」
俺が呟くと、ラウムはまるで自分の手柄か何かのように胸を張って頷いた。
の尻尾がゆらゆらと揺れている。動物たちと同じで、彼女も感情が尻尾に出るらしいのだ。いつだったか、誰かがフォカロルの説教を受けていたのを聞いていて、すっかり怯えてくるりと巻いていたのを見た時なんかふき出しそうになった。
星空に視線を移す。多分星座なんだろうなという星の固まりを見上げながらぼんやりしていると、一筋の光が滑るように落ちた。流れ星である。流れ星に三回願い事をかけるとその願いが叶う、なんて話があるけれど、あんな一瞬じゃ伝えようにも伝えられない。まあ、俺には流れ星にかける願いも無いんだけれど。
「今、流れ星が見えたね」
「どこだ!」
「どこですか!」
一応報告してみると、ラウムとは声を揃えて俺を見る。おかしくって「もう消えちゃったよ」と笑い返すと、二人とも目に見えてしょぼくれた。の尻尾がへにゃりと垂れているのを見ると、相当見たかったんだろうな。流れ星。
「まあまあ。今日はこんなに星がいっぱいなんだから、きっとまた見られるよ」
「そうそう運よく……」
「いくか、コラァ?」
「なんで二人で台詞を分けるんだい、はははっ。仲良しだなァ」
ちょっと妬けちゃうじゃないか。
とラウムはきょろきょろと忙しなく星空を眺め回している。今からそんな調子じゃ疲れて肝心な時に流れ星を見逃しちゃうんじゃないかなぁ。星空観察から流れ星捜索に切り替わった二人を眺めつつ、星空を見つつ。俺は、何とも心地いい穏やかな空気を味わっていた。
「あ、また流れ星」
「うそっ」
「アンドラスだけずりぃぞ!」
俺だけズルイなんて、心外だな。ふふ、と笑って、俺はまた星空を見上げた。もしまた流れ星を見つけることができたら、二人にも見させてあげてくださいって祈っておこう。
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