が一日の仕事を終え、眠りにつこうと思っていた頃だった。
「あれ……?」
ソファーを占拠する銀髪の青年の姿を見つける。すやすやと気持ち良さそうに眠っているのは、アロケルだ。このままここで眠っていては体を冷やしてしまう。そう思ったは彼の肩を叩き、揺らした。
「アロケルさん、アロケルさん」
「う~ん……」
根気強く呼び掛けて数分、アロケルは未だ微睡みにある様子で体を起こした。を見て、あれ、と首を傾げる。
「さん。どうしたんですか?」
「えっと、アロケルさんがソファーで寝ていたから……風邪を引くと思って起こしたんです」
「あー、そうだったんですか。わざわざ親切にありがとうございます」
立ち上がったアロケルはに一礼すると、歩き出した。……自室ではなく、ポータルの方に向かって。今から外に出るのだろうか。声を掛けるか掛けまいか悩むの視線を背中に受けたアロケルは、笑いながら彼女を振り返る。
「一緒に行きますか?」
「どこへ?」
アロケルの笑みが深くなる。
「月光浴ですよ」
アロケルと共にアジトの外に出たは、夜空に浮かぶ月の輝きに目を細めた。涼しい夜風が二人の間を過ぎて行く。「今日は満月かなぁ、いや、ちょっと欠けてるかなぁ」本当に見えているのか分からないが、アロケルは月を見上げながらぶつぶつ呟いている。も注意深く月を眺めた。真円にはやや足りないが、ほぼ真ん丸だ。
月明かりを受けてアロケルの髪がきらきら輝いている。の毛並みもまた同じく。
しばらく月を見上げていたアロケルは、に視線を移すと、ハッとしたように声を上げた。
「さん、月明かりで輝いて綺麗ですね」
「えっ!」
さあっとの顔に朱が差す。俯くを見て、あ、と何か失念したかのような様子のアロケル。彼は穏やかな口調で言い募った。
「いや、普段綺麗じゃないってわけじゃないですよ。普段とは別の意味で綺麗だってことで」
「そ、そんな、煽てられても差し上げられるものはありません……」
「何か貰うつもりで言った訳でも無いですから」
「ま、ますます悩みます」
「素直に受け取ってくださいよ。何だか今日はボク、素直になれる日みたいなんです」
あはは、と笑いながらアロケルはの背中をぽんぽんと叩いた。触れられた箇所からも熱が広がるような気がして、はますます赤くなる。
――アロケルさんってこんなこと言う人だっけ?
アロケルは語った。
「そういえば、月の影がウサギに見えるって話がありましたよね。さんはお月様から落っこちてきたウサギさんなのかなぁ、なんて。ボクらしくないですかねぇ」
「この時間にハッキリ起きているだけで珍しいと思います……」
「そういえばそうですね、その通りだ」
アロケルの意識ははっきりしていた。夜風に当たったのもある。だが一番の要因はに起こされたことだった。その心配そうな顔と心配そうな声に、たとえ些細なことでも彼女に心配をかけてはいけないと何となく感じていたアロケルは、申し訳無さを抱いた。その気分転換に外に来て、ついでにも誘ってみたのである。
アロケルのよく分からない表情から、「ハッキリ起きている」と察したの勘の良さに、アロケルは少しばかり嬉しくなった。ああ、この人はくみ取ってくれるんだ、と。
ふと、がアロケルから離れる。月を仰ぎながらは、ゆっくり、回るように歩き出した。
「どうしたんですか?」
「月を、色々と見ています」
ふわふわ、歩くたびに風を孕んだ彼女のスカートが柔く膨らみ揺れる。
「あの影が私にはどんな風に見えるかなって」
赤い瞳をきらきらさせながら、はアロケルにそう返した。色んな方向と角度から月を真剣に眺めている。突然子供のようなことをし始めたに、アロケルは思わず吹き出しそうになった。
上を向いているからその足取りは時々覚束なくて。ふらりと一瞬傾いだ時、アロケルが手を伸ばしかけたほどだ。危なっかしいが、楽しそうである。このまま眺めているのもいいが、置いてけぼりを食らったような気もして、少しさみしくなる。
すっかり月に夢中なに、アロケルは歩み寄った。
「危ないですよぉ、さん」
そう言って、アロケルはの両手を取った。手を掴まれたが月から視線を外し、目を丸めてアロケルを見る。アロケルは笑った。
「僕が手を繋いでいてあげます。だから転ばないよう気を付けてくださいね」
「そ、そんな危うかったですか」
「そりゃもう」
ふわふわと飛んで行ってしまいそうなほどに――と胸中で続ける。
は恥ずかしそうにアロケルに握られた手元を見つめている。緩い体温が伝わってきて心地良い。アロケルはゆっくり歩き出した。
「わ、わ」
「色々眺めるんでしょう? 付き合いますよ」
「あ、ありがとう……」
くるくる、くるくると回るふたり。まるでちょっとしたダンスのようだった。
アロケルと手を繋いだまま、がまた月を見上げる。アロケルはそんなの顔をしばらく眺めてから、月へと視線を上げた。
「さてさて、ボクたちにはあの影が何に見えるかな?」
「なんでしょうね?」
くすくす笑いながら、くるくる回りながら。
二人にしては珍しい、月の下での夜ふかしがしばらく続いた。
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