「おいルドガー! くれぐれも誤解の無いように言っておくがな、姉上が優しいからって調子に乗るんじゃないぞ! 姉上は全てに平等に優しいのだ! 博愛の精神を持ってらっしゃるんだ! 貴様だけが特別とかそんなことは無いからな!」

 出てくるなり騒がしいなあ、と、ルドガーは心の中でのみ呟いた。本当に声にしてしまっては、火に油を注ぐ結果になるのは目に見えている。
 とりあえず黙って苦笑いで流そうとするルドガーに、イバルは他にもああだこうだと文句をつける。それでもルドガーが反論しないのを見て、相棒を自称するエルと、ルドガーの愛猫ルルが負けじとイバルに応戦し始めた。

「ルドガーはぜんぜんチョーシのってないし!」
「ナァー!」
「だがしかし俺は見たのだ! 姉上と並んで歩く、にやつにや顔のこいつの姿をっ!」
「いーじゃん、デートのヒトツやフタツしてたって!」
「ナァー!」
「でででで、デートだとぉっ!?」

 エルの言葉にイバルは字の如く跳ね飛んだ。
 ルドガーは困っていた。
 エルとイバルの言う、との外出は事実である。しかしあれは旅に何かと必要な薬などの買い出しであり、デートという甘い意味合いの出来事ではなかった。しかしルドガー自身、常々が自分を気にかけてくれていることを感じていた。買い出しの最中も体の調子を案じられたり、労わられたり、何だりとしていた。それらについ頬が緩んだのもまた事実だ。
 ――でも、デートでは無い……よな?
 当人でありながら話に乗りあぐねているルドガーを他所に、イバルとエルらは更にヒートアップしていく。

「あ、姉上が……デート……? ルドガーと……? まさかまさかそんな……」
だってデートぐらいするし! 年頃のジョシならフツーですぅ! このシスコン!」
「しっ、シスコンだとぉ!? その歳で覚える言葉か! 一体誰から吹き込まれたのだ!!」

 精神年齢が同等なのか他の要因かは判らないが、二人の喧嘩はなかなか収まりそうにない。
 困り果てて立ち尽くすルドガーと喧嘩する子供たちを、他の仲間たちは遠巻きに眺めていた。渦中のもこちら側である。

「ふふ……。イバルがシスコンなら、きっと私はブラコンになっちゃいますね」
「の割には冷静に喧嘩を見守ってるわね」

 笑うに、同じくお姉さんであるミュゼがふわふわと宙を漂いながら言う。は笑ったままミュゼを振り返った。

「イバルが色んな方と交流しているのが嬉しいんです。あの子には色んなものに触れて成長して欲しいから」

 そう、とミュゼは納得したように頷く。姉同士のお陰か、の心境が判らないでもなかった。冒険され過ぎては心配になるが、好奇心は自分にもある。無いよりはいいものだと考えていた。
 すると今度は、レイアとアルヴィンが話を振ってきた。

「ねぇ、ルドガーとデートしてたってホント?」
「酷いな、俺のことは遊びだったのかよ……」
「デートではなく買い出しをご一緒したんですよ、レイア様。それから、遊びもなにもそういったご関係になった覚えは御座いません、アルヴィン様」

 丁寧かつ的確な返しに、レイアは納得し、アルヴィンは参ったと言わんばかりの笑みを浮かべた。
 この間もイバルはエル相手に口喧嘩を繰り広げている。
 その様を見て、ジュードはぽつりと呟いた。

「本当に、イバルとって姉弟なんだよね……?」

 指摘を受けたは一瞬はっとしたような顔をしてみせたが、すぐに笑って頷いた。

「勿論。イバルは、私のたったひとりの弟です」

 ――あの子への想いと、あの子がくれた想いが、私を生かし続けた一番の理由。
 ――今、ここに私が立っていられる理由。
 深い深い愛情が、その眼差しから溢れていた。
 それを見て、エリーゼが自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。

、本当にイバルが大好きなんですね」
「美しい姉弟愛です」

 しみじみとしたローエンの言葉には、何処か重みがある。仕えていた兄妹の記憶が過ったのだろうか。
 ガイアスやミラも口にはしなかったものの、とイバルの絆に顔を綻ばせている。
 は、イバルたちの口喧嘩を楽し気に見つめ続けていた……。


◆◆◆


 姉上と自分が似ていないことは、俺自身が一番判っていた。
 血が繋がっていない可能性の方が正直高いのでは無いかと思いもした。
 性格も見た目も全然違うし――髪と目の色は一緒だったが――、何せ早くに親がいなくなったものだから、確かめるにも確かめられない。
 だがしかし、村の大人たちは俺たちを姉弟だと言ったし、姉上も俺を弟だと呼んでくれた。
 何より姉上は暖かかった。だから俺は、ただ姉上を慕って、護りたいと思った。そうすることで姉上がくれる愛情に報いたかったのだ。
 大好きな姉の為に。それはごくごく自然で当たり前の感情ではないか。
 姉上もそうしてくれているのだ。俺を「大切な弟だから」とたおやかに笑んで包んでくれていた。
 決して楽なことではなかったかもしれないが、おかげで俺は幸せだった。姉上も幸せだと笑ってくれていた。
 ……だが何時までも、ふたりきりの姉弟ではいられないのだ。
 俺が成長するよりも先に、姉上は成長していく。見えなかった目も見えるようになった。姉上は歩み続けている。
 そんな姉上に、俺は置いていかれないように必死で。
 姉上は優しいから、たまに立ち止まって俺を振り返ってくれているような気がした。
 けれど姉上の手を誰かが引いていってしまったら、俺と姉上の距離が広がるだけになってしまったら……。

 イバルは、不安と動揺に駆られ、頭に血が上ったまま口を開き、

「姉上の手を貴様に引かせてなるものか! 貴様に引かせるぐらいなら、俺が、ずっと、姉上の……!!」

 ――そう、気持ちのままに叫びかけ、はっとした。
 ルドガー、エル、ルルの視線が固まるイバルに突き刺さる。
 イバルは背後を振り返った。
 ジュードやアルヴィンの苦笑い、レイアやミュゼの笑い声、それから……きょとんとした表情で自分を見る姉の姿。

「あ、あわわわわわ……!!」
「イバル……? 今のは一体?」
「な、何でもありません姉上! ただイバルは、俺より軟弱な男に姉上は渡せないと……!」

 慌てるイバルを、の隣に立つエリーゼがじっと見つめていた。
 ティポを介して、彼女が呟く。

「イバルとっくの昔にルドガーに負けてたでしょー」

 がくりと地に伏した弟に、慌てて姉が駆け寄っていった……。

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