ふわりと笑った愛しい少女は、真っ白で可憐なその手にとんでもないものを乗せていた。

「瀬人、この子すごいわ。足がいっぱい」
「ムカデだからな」

 の手を傷つけないように細心の注意を心掛けながら、ムカデを払い落とす。逃げようとしたそれを、オレは素早く踏み潰した。ああ、と少し残念そうにが声を漏らす。

「かわいそう」
「ムカデに噛まれたらどうする。毒があるのだぞ」
「……知らなかったわ」
「知らなかったで済む話ではない。お前の体は脆いのだからな」

 ようやく人並みに外を歩けるようになったといっても、虚弱であることに変わりはない。
 とりあえず反省したらしいは、いそいそと近くの水飲み場で手を洗っている。
 水で冷えたの手を掴み、オレは歩いた。の希望で公園に来たものの、先のムカデでこれは間違いだったことを知った。
 久しぶりに外を歩くには、あれもこれも手にとって確かめたい珍しいものなのだろう。

「良いか。何かに触れる前に危険ではないかをオレに聞け」
「大袈裟じゃないかな」
「過保護というのだ」
「それ、良くない……」

 は困っているようだった。改めてオレはの手を握り直す。

「モクバくんも誘ったら良かったね」
「何時でも出掛けられるのだ、機会はいくらでもある」
「……じゃあモクバくんにはおみやげ買って行きましょう?」

 穏やかなその微笑みに思わず息が詰まる。光に溶けて消えそうな儚さだ。
 拒絶する理由など無かった。
 に言われるがままに街へ繰り出す。いささか人通りが多い。に負担をかけぬよう、しっかりエスコートしてやらなければ。

「あ、ねえねえケーキ屋さん! ケーキ買おう、ケーキ」

 今日一番の明るい声でが店を指差した。きらきらと輝く瞳は子供のようだ。
 思わず笑ってしまった。しかしは気分を害した様子もなく、オレを催促するように手を引く。

「判った判った。そう慌てなくともケーキ屋は逃げん」
「ん、子供扱いしてる? あのね……」
「“あなたより一応お姉さん”……だろう?」

 が言いたかったであろう台詞を先に言ってやると、「判ってるじゃないの」と眉をひそめた。だがすぐには笑い直す。

「でも、瀬人に救われてばかりのわたしが言うんじゃ説得力ないものね。……それよりケーキよケーキ」

 こんなにケーキが好きだったとは初耳だ。オレに話せば何時でも上等なケーキをいくらでも揃えてやるというのに。
 揃ってケーキ屋に入る。モクバにはこれが良いだの自分はそれが良いだのとはしゃぐの言うままに、オレはケーキを買ってやった。

「わたし、こんなにいっぱいケーキ見たの初めて」
「ふん、このぐらい安いものだ。何時でも買ってやる」
「……ありがとう」

 大事そうにケーキの入った白い箱を抱え、が笑う。ほんのり桃色に染まった頬が愛らしい。
 思わず見惚れていると、不意にが視線を移した。何かまた気になるものでも見つけたのだろうか。
 ん? ……あれは。

「ねえ瀬人。見て、あの子の髪……」
、そろそろ帰るぞ」
「えっ?」

 オレはの肩を抱いて踵を返した。が戸惑うのも構わない。
 あいつには見られたくない。
 が捉えていたのは、遊戯だった。よりにもよってこんなときに鉢合わせるなど死んでも御免だ。
 明らかに不審だったオレの行動にも、は文句ひとつ言わなかった。

「瀬人」
「何だ?」
「……ごめんね」

 人ごみを抜けた時、不意にが呟いた。

「わたし、何もない」
「……?」

 名前を呼ぶと、は静かに顔をあげた。以前病院にいた頃とよく似た寂しげな目をしている。
 どうしたのだろうか。

「意味が判らん。ちゃんと話せ」

 オレが促すと、は頷いた。

「わたしがいきなり出掛けたいなんて言ったのは、今日が特別な日だからなの」
「特別な日……」
「今日はあなたの誕生日でしょ」

 なのに、とは俯く。

「わたし、あなたにプレゼントできるものが何もない。それどころか、今日のあなたを独り占めしようとしてる」

 は落ち込んでいた。僅かにオレから身を離して、「ごめんなさい」とまた呟いた。
 ――オレは思わず吹き出した。

「ふはははっ、そんなことか!」

 なんと可愛らしい悩みだ。
 離れたを再び引き寄せて、オレは言ってやった。

「何故オレが今日という日に一切予定を入れず、お前といると思っているのだ。……一日中、お前と過ごすと決めていたからだぞ」

 オレが仕事をしている間、はほとんど独りきりだ。たまにモクバがいるとはいえ、オレがといてやれる時間は決して多くない。
 だからだ。
 今日ぐらいは、朝から晩までと共にいたかった。
 だからこそ、に「出かけないか」と持ちかけたのではないか。
 同じようなことをオレたちは思っていたのだ。それがたまらなく嬉しい。

「判ったか。お前の悩みはすべて杞憂だ」
「……うん」

 涙ぐみながら、が笑う。

「三人でケーキ食べようね。きっとみんなで食べたら、美味しいから」
「そういうものか?」
「瀬人の口に合わなかったら、わたしが瀬人のぶんも食べる」
「そうか。……そうだな。オレの分も食べて、もう少し太って貰おうか」

 オレの言葉に、「頑張る」とは頷いた。

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