ヨハン君は明るい。
根暗や内気を絵に描いたようなわたしとは全く違う。
遠巻きに彼を眺めて、わたしとは違う世界の人だとぼんやり思った。更に彼が十代君と並んだら、太陽がふたつあるみたいでわたしには眩しすぎた。
十代君のカードの精霊と目があった。丸っこくて毛糸の玉のようにふかふかな精霊……ハネクリボーはわたしに小さな手を一生懸命振ってみせた。可愛い。わたしもひっそり手を振り返した。
それを見られたのか知らないけど、ヨハン君がわたしを見た。わたしは慌てて視線を逸らす。
それきり、わたしはふたりを見るのは控えるようにした。
ヨハン君がある日、わたしを「好きだ」と言ってきた。大して接点なんてないはずなのに。何か悪い冗談かと思った。
わたしは驚いた。
好意は有り難いが、受け止めるか否かと言われたら答えはノーだ。彼の明るさには耐えられない。
口下手なわたしにはヨハン君を傷つけずに断るすべが思い付かずに、「ごめんなさい」と頭を下げて素早く逃げ出した。
我ながら素早すぎた。
逃げ出す直前に見た、ヨハン君の顔。びっくりしたみたいに目を丸くしていた。傷つけてしまっただろうか。
その日は眠れなかった。翌日も妙な罪悪感が胸にわだかまり、アカデミアへ行くのも辛かった。でもサボる勇気もないわたしは渋々出席した。
案の定、ヨハン君に話し掛けられた。
「昨日はごめんな。いきなりで困らせちゃって」
「わ、わたしこそ……ごめんなさい」
「良いんだ。十代から事情は聞いたからさ」
明るい笑みを浮かべたまま、ヨハン君は言った。
「君ってすごい恥ずかしがり屋なんだって?」
「あ、あぁ……、はい……」
「大和撫子って君みたいな子のことを言うんだろうなあ」
「そ、そうですか……?」
周りの視線がいたい。逃げ出したくなるわたしの両手は何故かヨハン君に掴まれてしまった。
それはそれは、いともたやすく捕まってしまった。
「オレ、やっぱり君のことが好きだ」
「だ、だから、ごめ」
「しつこいって思われるかもしれないけれど、好きになったらもう仕方ないじゃないか」
な? と笑って首をかしげる様は大層絵になった。あまりにも直球なヨハン君のすがたにわたしの心臓は死ぬんじゃないかというぐらい忙しく鼓動する。
格好いいはずのヨハン君に、限界突破な緊張をしている私は、恐怖を感じた。
「わ、わたし、なにもヨハン君のこと判らないし」
「これからいっぱい知ったら良いだけだろ?」
「じ、次元が違うの。わたしはスッポンでヨハン君は太陽ですから」
「オレが太陽? 照れるなぁ」
いまいちわたしの伝えたいこととヨハン君の受け止め方には相違があるようで、大変困った。
本当に照れくさそうに笑う彼に、わたしは一世一代の勇気を振り絞って叫んだ。
「わた、わたしなんかとヨハン君じゃ、世界が違いすぎるの!」
叫んだ割にわたしの声は響かない。けれど教室に静けさをもたらすぐらいには伝わったらしかった。
いたいくらいの沈黙。
それを破ったのは、やっぱりヨハン君だった。
「だったら、オレが君の世界に行くよ」
あんまりにも真っ直ぐな答えに、わたしの声は息ごと喉につまる。
「君には精霊が見えてるみたいだし、オレたちの世界は近いはずだろ? 迎えに行く」
「あの、そういい意味じゃなくて……」
「え? じゃあ、どういう意味なんだ?」
「あくまでただの喩えで、ヨハン君にはわたしなんかより良い人がい…」
「じゃあさ!」
ヨハン君は何故か目を輝かせた。わたしの両手を握ったまま顔を寄せてきて、にっこり笑ってみせる。
「やっぱり君とオレは同じ世界にいるんだ? 良かった、ああは言ったものの世界を越える方法なんてオレ知らないからさ」
宝石よりもきらきらした眼差しに、わたしのなけなしの虚勢は呆気なく崩れた。
わたしの言葉が、わたしの意思とは全く違う方向に解釈されてしまう。……言葉が通じないなんて本当に別世界のひとみたいだ。
だけど不思議と嫌じゃない。
一瞬で頭の中が空になる。
それからわたしは、間近にあるヨハン君の端正な顔に耐えきれず赤面した。自分で判った。
へへへ、とヨハン君が楽しそうに笑っている。
何だかつられて、わたしも笑ってしまった。
「あ、笑うとますます可愛いじゃないか!」
「ちっ、近い!」
暗に離れるように訴えたつもりだけれど、効果はなかった。
とりあえずわたしは、彼の明るさに灼かれてしまわないよう、それだけを気を付けていくことを心に決める。
わたしの平凡な毎日は、鮮やかすぎる彼の色彩に飲み込まれてしまった。この調子じゃ、しばらく呼吸さえまともにできそうにない。
そんなわたしの死活問題に、彼が気付いてくれるはずもなかった。
いまだ繋がれたままの手は、ひどく熱い。
企画「慰安婦」さまに提出
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