十代君には赤がよく似合います。
 ありきたりな表現ではあるけれど、彼はまさしく太陽と形容するに相応しく、あまりの眩しさにわたしの視界は霞みました。あまりの暖かさに、私の渇きは増しました。
 彼は、私と対照的な色彩でした。私には赤が似合うことなんてないんです。頑張ってせいぜい挙げるならば、私が似合った赤は、小学生の頃の赤いランドセルくらいでした。


 私には応用力がありません。
 必死に勉強して、たくさん知識を溜め込み、いくら優秀な成績をとってみたって、それは全部、先人の遺したものであり、私の力じゃないのです。違う誰かの知恵を、それっぽく繕っただけです。身につけたものを利用してオリジナリティを見出すことが、私には出来ませんでした。
 だから、私には、自分らしさがありませんでした。
 先生の励ましも、ただ私を悲しませるだけです。せっかくの先生の気遣いを昇華させることもできない私は、やはり優秀なんかじゃないのです。自信って何でしょうか。購買で買えますか。
 本当にダメな奴です。


 そして私は落ち込みます。
 ひとりで勝手に沈むのです。しおれた心の根っこもそのままに陽の前に出るものですから、からからに渇き、立ち眩みました。
 しかしこれは陽が私の視界を揺らしているだけで、私は至って正常だと言い聞かせました。
 実際、太陽が陰れば、私の視界はぴたりと輪郭を取り戻しました。静かな夜のなかで、じんわり浮かぶ露を糧にしました。
 だから私は、ひたすらに、夜を待って生きるのです。


 なのに困ったことが起きました。いつもはとっくにいなくなっているはずの太陽が、今日は夜になっても私の前に在るのです。
 空の太陽はとっくに水平線の向こうに沈みました。なのに私の前に、いちばんの太陽は、十代君はまだ在るのです。
 私は内向的な人間で、喋りはおろかコミュニケーション全般が不得手です。そばに在る十代君にどう接したらいいものか悩みました。

「大丈夫か? ずっと目泳いでる」
「き、緊張しているだけです」
「……いっつもそういう顔してるよな。いつも緊張してるってことか?」

 困ったなぁ、なんて言いながら頬をかく彼。十代君の右手は何故か私の左手を捉えて離しませんでした。あつい。あつい。やけてしまいそうなほどに、私とは対照的な温度。
 私には、このアカデミアが彼を中心に回っているように思えました。彼がデュエルに打ち込む姿は、何故か惹きつけられるものがあります。翔君や明日香ちゃんたちに囲まれ、毎日を楽しく過ごしているのが他人の私にも伝わりました。
 一生懸命にいきるひとは、こうも眩しいものなのかと思いました。

「……私には、……十代君と話す権利なんて無いんです」

 十代君の顔は、驚きから一転して、不機嫌そうになりました。私は何かしてしまったんでしょうか。

「誰だよ」
「え」
「権利とか、そんなの。一体誰に言われたんだよ」
「そ、それは……」

 漠然と、私がそう感じているだけ。
 素直にそう答えると、彼は「はぁ!?」と間の抜けた顔で私を見ました。

「びっくりしたー……。てっきり誰かに意地悪いこと言われたんだと思ったじゃんか!」
「ご、ごめんなさい」
「違うなら良いんだ。それにさ、別に話すのに権利とか関係ないだろ。難しいこと俺判んないしさ」

 十代君は真っ直ぐです。彼が放つ光は屈折を知りません。屈折を繰り返して自分に返ってくる私とは反対です。
 おなじにんげんなのに、こうもかわるものなのでしょうか。
 優しい声、です。

「俺、もっとお前と話してみたい。だから、普通にしてくれよ」
「こ、これが平常、です」
「緊張しすぎだって! もっと力抜いて、笑えって! そんな気張ってばっかで、毎日疲れないか? つまんなくなんねえの?」

 私は口ごもりました。
 十代君は屈託無いすがたで私の痛いところに触れます。
 本当は、私は、十代君が嫌なのです。彼を見ていると、私は私をますます嫌いになる。彼のように柔軟に表情を変え、人と対話できたらどんなに良いかと思います。醜い嫉妬が私の中を潰すのです。
 だから私は、できたら苦労しないことをいちいち指摘してくる彼に、心の中で返しました。
 ――私は、あなたみたいに器用じゃないんです――
 視界が揺れます。必死に堪えながら、私は十代君の前から逃げることもできずに立ち尽くしていました。
 そのうち、十代君が口を開きました。

「じゃあ、そうだな。……俺がそばにいるのが当たり前になったら、緊張なんてしなくなるよな?」
「え」
「俺、毎日毎日そばにいるから。お前が自然に笑えるようになるまで! ううん、笑えるようになってからも、ずっとだ」

 いつの間にか私の両手を掴んでいた彼は、優しく、笑いながら話しました。

「だから、よく判んないけど、そんなに思い詰めた顔すんなよ」

 もしかしたら彼は、こんな夜中に外へ飛び出した私の真意に、気付いていたのかも知れない。

「十代、く、」

 太陽が無いと、生き物は死んでしまうのです。
 判っていました。
 遠巻きに太陽を眺め、陽炎に目を細め、それらしい理由をつけて逃げていた私。
 けれど私も、太陽を焦がれた生き物のひとつなのです。そのくせして、彼を妬んでいたなんて。何て愚かなのでしょう。
 そして私は今更知りました。
 彼が他者へと与える言葉は恵みの雨であり、遠くとも輝く彼の笑顔は燃える太陽です。彼と在る。それだけで生きていけるのです。
 何もかも遅く、臆病で、醜くて惨めな私。
 そんな私に「生きろ」と彼は訴えるのです。優しく私の手をとって、語りかけるのです。
 私はぽろぽろ涙を零しました。

「うぁっ? ちょ、大丈夫かよ!?」
「う、嬉し泣きです……。大丈夫、です」

 私が答えると、「そっか」と十代君は笑いました。私が泣き止んでからも、先に宣言したとおり彼は私の傍にいてくれました。
 この調子なら、私が彼の存在を空気のように必然かつ当然のものとするまで、あまり時間は掛からないかもしれません。
 胸中を満たしていた汚い気持ちは、ほとんどがいつの間にか無くなってしまいました。
 彼のそばでなら、私はもう少し頑張ることができるかもしれない。


 ――いつか私は知るのです。
 思っていたよりも彼が不器用な人間であることを。誰よりも彼自身が、強い陽に焼かれ、ふらついていた存在であることを。
 ――だから私は生きるのです。
 諦め掛けていた私に彼が付き添ってくれたように、いつか彼が立ち止まった時、付き添ってあげたいのです。

「……十代君」


 私の視界は、いつまでも、あなたの炎で揺らめいています。


企画「レオン」様に提出

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