早足で過ぎ去ったひとりの女子生徒。何処へ向かっているのかは知らないが急いでいるらしい。
彼女は、通りがかった東峰の前に、小さな編みぐるみのストラップを落としていった。黒い鳥、カラスを模したものに見える。
ぱっと見は社会人、しかし中身は繊細な心を持つ男子高校生。おまけに気の優しい彼は、もちろんそのストラップを拾い上げ、女子生徒を追い掛けた。
背が高く必然的に歩幅もある彼が、小さな彼女に追い付くまでは然程掛からなかった。
「あの、これ、落としてたよ」
「はいっ? あっ、すいません!」
東峰の声に、彼女は慌ただしく謝りながら振り返る。黒くて長い髪が翻ったと思うと、次には潤んだ大きな瞳が、東峰を見上げていた。そして東峰を見つめたまま、彼女は――顔を輝かせた。
「あっ、東峰君!」
何だか親しみのこもった声である。怯えられるなら未だしも、一見気の弱そうな彼女の浮かべた嬉しそうな顔は、予想外の反応だった。
――あれ? そういえば……。
思い返すと、東峰も彼女の顔に見覚えがあった。彼女を知っていた。
よく男子バレー部に、清水の手伝いだとやって来る、一応帰宅部の女子。
名前は…… だったっけ。
確かめるように東峰は口を開いた。
「で合ってる、よな」
「はい! あんまり話したことないのに覚えてくれてたんだねえ」
「はは、何とかね」
「嬉しいなあ。あ、ストラップありがとう!」
「どういたしまして」
何処か慎重すぎて引け腰な東峰に対して、彼女は明るく笑っている。
背が高いせいなのか何なのか、自分と対すると怯む女子が多いなか、の態度は、東峰にとって新鮮だった。
それと、新鮮な理由がもうひとつ。
「何だか、こうやって話すと印象違うな」
「え?」
「何ていうかって、あんまり人と関わらなそうっていうか、雰囲気がぴしってしてて、どう話しかけたらいいか考えるっていうか……」
ストラップを受け渡しつつ、そこまで言ってしまってから東峰は後悔した。
俺、すごい失礼なこと言った!
言葉が途切れ、誤魔化すにも上手い句が出てこない。
東峰があたふたと慌てていると、は何と――笑った。
「ふふ、似たようなこと、菅原君にも言われたよ。なんか“古風な日本女子”だとか何とか……。やっぱり話しかけにくいんだね、何とかしなくちゃ」
「わ、悪い」
「気にしないでください。東峰君に言われるとは思わなかったけど」
「本当に悪い……」
東峰がしょんぼりとして背中を丸めると、「本当に気にしないでってば!」と軽く腕を叩かれた。
申し訳なさそうに笑う東峰に、はマイペースに語る。
「これからは気軽に話し掛けてね。必然的にその機会も多くなるだろうし」
「え? どういうことだ?」
「こういうこと、です!」
満面の笑みでは一枚の紙を差し出してみせた。その紙には“入部届”と印刷されていて、氏名欄にはの名前が記されていた。
そして彼女が入部を希望した部活は……。
「男子バレー部?」
「そう! 両親に許可もらって、ようやく入部させてもらえることになったの! 迫力の男子バレーを間近で見られるの!」
この入部届を出すために、彼女は急いでいたようだ。
相当嬉しいらしいの顔は、すっかり緩んでいる。
「潔子ちゃんと一緒にマネージャー頑張るから、よろしくね。東峰君」
「ああ、うん。こっちこそ、よろしく」
「うん!」
それからは職員室へと、再び早足で向かっていった。入部届とストラップを大事そうに握りしめながら。
東峰は彼女の背を静かに見送ると、踵を返した。
「そっか、も入るのか……」
あの喜びよう、余程バレーボールが好きらしい。女子バレー部を選ばなかったのは、プレーするより観戦する方が好きなのだろうか? 清水の友人だからだろうか? あの話しぶりからするに、前者の理由の方が近そうだ。清水の手伝いもしたかったのだろうが、キラキラと輝くあの眼差しから察するに、バレー自体に思い入れが深そうだ。
これからの部活は、あのキラキラの瞳に見つめられて過ごすことになるのか。
(何だろう、下手なとこ見せられないっていう妙なプレッシャーを感じる……)
嬉しいやら悲しいやら、複雑な胸中である。
バレー部への期待に満ちたの眼差しを度々フラッシュバックさせながら、東峰は教室を目指して歩いた。
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